星降る夜

郡部に出荷で本日午前中必着の生麩(なまふ)を作り、となりの街の南国市笠ノ川にあり24時間受け付けている宅急便の集荷基地へ午前2時に行った。
荷物を手渡しほっとして車のドアを開け乗りかけて顔が上を向いた時、おびただしいほどの夜空の星が目に飛び込んできた。
前日も午前中も天気が悪く、夕方になってやっと天気が良くなり澄み切った空になっていた。
すごい。
星がこんなにたくさん見えるとは。
すぐオリオン座はどこか探した。
星があまりありすぎてわからない。
オリオン座は、鼓の形をしていて真ん中が横三列に星が並んでいるので高知市内だったら明るい星しか見えないのですぐわかるのだが、ここでは街の灯が少なく暗い星まで見えわかりづらい。
夜空に三列の星があるがそれかなと思いつつもひょっとして違うかも知れないと思い他を探したがたくさんの星に埋もれて見当たらない。
とまどいつつ、この三列の星がオリオン座と確認するのに少々時間がかかった。
車に乗らずしばらくしじまの中夜空の星を十分堪能した。
それにしても「星降る街角」という題名の歌があるが、星降るとはうまい表現をするものだと感心しつつ、きっとこんな夜空のことを云うのであろうと想像しながら、
星降る夜家路についた。

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秋の気配

 高知自動車道 愛媛県馬立(うまたて)を降り、くねくねと縫うように高速道路の直下の道を大豊方面へ行くと、日中の街中の暑さとは対照的にひんやりとした心地良い風とともに秋の気配が漂っていた。

 高知市内では8月に稲刈りは終わっているが、ここの辺はまだのようだ。秋の日を浴び黄金色に輝く稲穂はとてもきれいだった。高速道は笹ヶ峰トンネルを一気に抜けて通れるが、下の道路は山越えしなければならず、峠にさしかかって大豊方面を見下ろすと、一瞬川かと思ったらそうではなく川のように見える高知自動車道だった。すすきが吹き抜けるさわやかな山の風に気持ちよさそうにゆれていた。

 それにしても馬立を降りて霧の森菓子工房へ行って霧の森大福を買おうとしたら売り切れだった。残念------。

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一筆啓上 日本一短い「母」への手紙 

 オーベルジュ土佐山に図書があり、一筆啓上 日本一短い「母」への手紙というタイトルの本が目に止まり、ソファーに座って読みふけってしまった。

 福井県丸岡町が全国から募集したら、三万数千通応募してきたらしく、その中の二百三十数通を載せていた。
数行の短い手紙ばかりだったが、年代を超えて応募があり、日常の母への感謝、反省などなどつづった胸打つ手紙ばかりだった。 
 手紙を読んでいたら、先日、バン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した全盲のピアニスト、辻井伸行さんのお父さんがテレビのインタビューで語っていたのを思い出した。
 以前、息子さんとの会話の中で、もし一日だけ目が見えるのが許されるのであったら一番先に見たいものは何かの質問で、母の顔だと答えたそうだ。お父さんがインタビューでそう語りながら顔を少しそむけてぐっと涙ぐんでしまった姿を見て、思わず私も涙ぐんでしまった。できるものならば何とかしてその願いをかなえてやりたいですね。

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お好焼き

千葉県から高校の同級生の田中君が高知に帰って来た。
高校の恩師の寺内先生と片岡先生に土佐市宇佐の山崎君のお店へ
お好焼き食べに行きませんかと誘った。
寺内先生は、82歳、片岡先生は、6?歳。
卒業して42年たっていっしょにお好焼きを食べるとは思いもしなかったのですが。
寺内先生と片岡先生と田中君と山本君(中学、高校の同級生)と私の5人で行った。
山崎君ご夫婦も高校の同級生で、卒業後、今回初めての訪問となりました。
おいしいお好み焼きをいっしょに食べ、近況を話しているうち数時間があっという間に
流れ、帰路につきました。
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川を泳ぐこいのぼりに似た鯉

今日は、室戸市アクアファームへ焼麸(やきふ)の仕込み水に使用している室戸海洋深層水(脱塩水)の給水を受けに行って来た。室戸からの帰りににたくさん鯉が泳いでいる安芸の町を流れる川に立ち寄った。橋の上から松茸麸をどさっとばらまくと、先週見た仁淀川のこいのぼりより丸い口をして水面上に身を乗り出し麸を奪い合って食べていた。
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川を泳ぐこいのぼり

新聞やテレビのニュースで見たことはあるが、初めて川を泳ぐこいのぼりをまじかに見た。場所は高知県仁淀川。高知から松山へ行く国道33号線の仁淀川の橋の下。驚いたことに本物の鯉と同じように左右にくねりながら泳いでいるこいのぼりもいた。製紙会社が多い町らしく、このこいのぼりは紙で作られている。普通考えたら水に溶けそうに思うのだが溶けないでゆうゆうと川の中を泳いでいる。数十センチから数メートルのこいのぼりや高知県独特のフラフが川の中を泳ぎ、とてもきれいで見ごたえがありました。
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栴檀の花

信号待ちで高知駅近くの高知橋たもとのせんだんの木を見ていると花が咲いていた。まだ4月なのに今年は咲くのが2週間ぐらいは早いなと思った。今年は暖かいので白もくれんも桜もつつじも全ての花が前倒しに咲いている。
「せんだんはふたば(二葉)よりかんばし」と昔から云われていて、偉人は幼いときからすぐれているという意味だそうで、せんだんはインド産の香木なので二葉より香りが強いという意味だろうと長い間思い違いをしていました。
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桜満開の好季節

ここ一週間桜が満開でとてもきれいだった。

堀川の桜はいつみても風情があってすばらしい。
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片地(高知工科大学構内)の桜並木もすばらしい。
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高知市内では田植えが始まった。

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ジャンボ帽子パン

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土佐の「おきゃく」のイベントが高知市内のあちこちでこれから始まる。土佐では宴会を「おきゃく」という。

中央公園へ行ったら、店がたくさん並んでおり、元祖永野旭堂さんの大きな帽子パンを見つけたのでさっそく買ってきた。

帽子パンの耳の部分のカリカリ感が好きで、小さい時からよく買って食べたものだ。

こんな大きな帽子パンを見るのは初めてで、土佐のソンブレロパンだ。日常売っている帽子パンと比べたら、ジャンボなのがよくわかる。

1500円だった。耳部分はかなり歯ごたえがある。

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二度と経験することが出来ない旅

 オバマ第44代アメリカ合衆国大統領の就任式を,深夜3時過ぎまで生中継で見た。
全米各地から集まった200万人ともいわれている国民を前に演説していた。

 演説を聴きながら、38歳の時、アメリカ南部の都市ジョージア州アトランタにあるカーター事務所(センター)で当時カーター前大統領にお会いした時の事が脳裏に浮かんできた。

 日本青年会議所全国大会の高知開催が決まり、第39代アメリカ合衆国カーター大統領をお招きして記念講演をしていただこうということになり、7人でアメリカへ日程などのスケジユール打ち合わせのため行くことになっていたようだ。ところが7名の中の1人が別の用事ができて行けなくなったようで、定例会のあとの懇親会の席上、たまたま隣の席に座ってきた大会実行委員長から「アメリカへ行きませんか」と誘われた。
冗談でしょう。冗談も休み休み言って下さいよといった感じだった。当時、日曜、祭日、正月、お盆も関係なく生ものの製造の仕事があり、行けれる訳がなく、お得意先に迷惑をかけるので100%無理だと自分自身思っていた。
ダメを承知で恐る恐るお得意さんのところへアメリカへカクカクシカジカで行きたいので1週間休ませてもらえませんかと説明に回ったところ、意外にも皆さんがこんな機会はないからぜひ行って来たらとポンと背中を押してくれ、アメリカ行きが決まった。

 7人のメンバーは、現在テレビ東京で「ワシントンリポート」の番組のリポート役に出ている日高義樹さんの奥様にカーター事務所へ案内していただいた。
事務所では7人メンバーがそれぞれカーターさんに挨拶をし握手をした。
事務所に行く前日にアトランタの本屋さんで釣りが大好きなカーターさんの自著出版の釣りの本を購入し、その本の表紙の裏にサインをしてもらった。
to akira yokoyama   jimmy carterと。
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 カーター事務所の隣にカーターミュージアムがあり見学をした。在任期間中の活動記録、会話記録、資料が全て保管展示されていて、年間100万人が訪れるとのことで辞められてもアメリカ大統領への敬意の念が強いことを改めて感じた。

 アトランタから帰途、ニューヨーク、ワシントンに立ち寄った。ワシントンではリンカーン記念館やアーリントン国立墓地を訪れた。この墓地には、第35代ケネディ大統領が眠っており、永遠に絶えることのないガスの小さな炎がメラメラと燃えていて、墓のまわりには、有名な名演説が石に刻まれていた。


And so, my fellow Americans
ask not what your country can do for You
Ask what you can do for your country.

(わが同胞のアメリカ人よ、あなたの国家があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたがあなたの国家のために何ができるかを問おうではないか。)J・F・ケネディ 大統領 就任演説より

オバマ大統領の演説の最後の下りの中で「我々は新たな責任の時代に入ることで、国民の一人一人が自分自身、自分の国、そして世界に対して何をすべきか考え前向きに取り組むことだ」との演説がJ・F・ケネディ 大統領の演説と同じ認識で語っていると思った。


・・・・・・・・・・・・・たまたま隣の席に座ってきた大会実行委員長が、もし隣に座って来なかったらどうなっていただろうか。多分約200名近くいた会員の中の誰かがアメリカに行ったことだろう。行くのに条件の悪い自分に話が来るなんて・・・・・。結果的に今思えば、あの時何気なしに座った席はカーターさんに会いに行くことができる席であって、一つ隣の席だったら行けなかったかもしれない。紙一重のきわどい差で二度と経験することが出来ない旅の話が思いもかけずやってきたものだ。

 その後、カーターさんは、予定通り高知に奥様といっしょに来られ記念講演をされた。2002年ノーベル平和賞を受賞し、現在も活躍されている。

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愛の反対の言葉は

 関西地区でマザーテレサの再放送があり、インタビューの中で、愛の反対の言葉は、憎しみではなく無関心だとインタビューで答えたという。日々の活動のなかでそう感じていたのだろう。午後のラジオ番組で、再放送を見ていたNHKのアナウンサーや出演者の方が目がうるうるしてきたと話していた。
 何年か前、桟橋通りにある高知市立自由民権記念館で、マザーテレサのパネル展があり胸があつくなって帰って来たことがあった。目がうるうるしてきたと感じた思いと同じ思いだと思う。

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野町和嘉写真展「聖地巡礼」

高知県立美術館で高知県出身の野町和嘉「聖地巡礼」写真展を見てきた。

非常に見ごたえのある写真展だった。
閉館がせまっている午後4時すぎに行った。
写真展なので、次から次へと見ていけばいいのだが
写真を見ていると説明文を読まずにいられなくなり
あっという間に閉館の5時が来てしまった。

サハラ、アンデス、チベット、エチオピア、ナイル、
インドガンジス川、メッカ・・・・・・・
人々の透き通った深いまなざし、
過酷な条件であっても懸命に生きている人々の営みや
息づかいが聞こえてきそうな
35年間の写真巡礼のすばらしい写真展だった。

あまりにも過酷な自然の中で生きていくには
宗教なしでは生きていけない。宗教を家族という
言葉に置き換えれば理解ができるのではないかと
説明していたのが、特に印象に残った。

展示の大きな写真をじっと見ていると
写真でもない、絵画でもない、
なんと説明したらいいのかわからなくなるような
不思議な気持ちにさせる写真展だった。

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手打そば 「時屋」

高知市内から伊野を経由して愛媛県西条に抜ける途中に手打ちそば「時屋」がある。Cimg3368

距離にして70キロ弱。
四国山脈のまっただ中にある。
民家もなく狭い山道をくねくねと進んでいるとこんな山奥にお客さんが足をわざわざ運ぶとはとても思えないとついつい思いたくなるのだが・・・。だがお客様は訪れている。ここには自然の恵みも含め、ここでしか味わうことができない良さがあるから。
現在のご主人は二代目となるが、前回行った時は、初代のご主人だった。新しく寒風山トンネルが出来たことが、初代ご主人にとって困った事態となったようだ。交通量が増え、比例してお客様が増え、そばを打つ量が多くなり、体力の限界を感じ閉店することになったといつしか聞いた。その後、今の若いご主人が引き継がれ始められたとのこと。ぜひ頑張ってほしい。
店の眼下は吉野川の上流域で澄み切った川面が見える。Cimg3386

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辺り一面紅葉が始まっていてとてもきれいだ。Cimg3380

店の外の縁台でそばを食べているとヤマガラがひんぱんに飛んできて
えさ台の器に入っているひまわりの種をついばんでは飛び去っていく。距離にして  1.5メートルぐらい。Cimg3515


今秋本番を迎えている。渓流の上では赤とんぼが何匹も日差しを背に受けながら気持ちよさそうに旋回していた。

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高知市中学生万引き防止サミット

 9月27日少年警察ボランティア協会主催、高知県警本部少年課共催で、午後1時から4時まで高知県庁正庁ホールで高知市の公立私立中学校23校46人の中学生が集まり万引きについて考えるサミットが開かれた。どうすれば万引きを防ぐことができるのか話し合いが行われた。
 今年8月までに県下で補導検挙された少年非行の約4割が万引きで、そのうち約半数が中学生とのことだった。少年グループによる巧妙で組織化された万引きもあるようだ。
 
 サミットでは、量販店やコンビニや警備会社の方がそれぞれの現状とどのような対策しているのかが発表され、3班に分かれて万引き防止の討論が行われた。討論が終わりそれぞれの斑が討論内容を発表した。討論の中で学校に帰ったら万引き防止のポスターを貼ったり校内放送をする等々と発表していた。出来る事から防止策を一つ一つ実行して行ってほしい。

 高知県の14歳から20歳の検挙補導された刑法犯少年の人口千人あたりの非行率は、平成14年から19年の6年間全国ワースト3位から10位以内となっている。高知県の14歳未満の刑法犯少年の人口千人あたりの非行率は、ここ7年間で全国ワースト一位から三位以内で平成17年から19年の3年間は、連続全国ワースト一位となっている。低年齢層の犯罪が増えてきている。その中でも万引きの割合が高く、幼少時から万引きは犯罪だという家庭でのしつけが重要だ。

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よさこい鳴子踊り

 今年のよさこい大賞は「ほにや」チームだった。11日夕方、ほにやチームが愛宕商店街審査会場前で踊っていたら大賞の知らせが入ってきた。すぐアナウンスされるやいなや、わっと歓声が上がり、肩を抱き合いながら歓びを分かち合っていた。昨年も今年同様愛宕商店街で踊っていたらよさこい大賞の吉報が届いたのを覚えている。来年も縁起をかついで来年の11日は愛宕商店街で踊ってください。
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この踊りの直後よさこい大賞がアナウンスされる。

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我が町内のチームあたごまち愛組気炎一座も地区競演場連合会奨励賞を受賞している。店の前にある江ノ口小学校の体育館で連日猛練習をしていた。おめでとうございます。

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美しい背中を見せる

 先日、スポーツジャーナリストの二宮清純氏の講演があった。
 講演の最後に、イタリアのサッカーがなぜ強いのかについて語っていたのが印象に残った。
 それは、日本では、子どもは親の背中を見て育つと昔から云われているように、
イタリアには、サッカーの分厚い教則本があって、そこの1節に文章として、美しい背中を見せようと書いてあるそうだ。はずしてはならない大事な不動の思いが書き込まれている。選手一人一人の潜在意識の中に模範となる美しい背中を見せようという思いがあるとないとでは結果が大きく違ってくる。技術面のレベルアップだけでなく、精神面のレベルアップも求めている。なぜ強いのかなるほどなと思った。

サッカーEURO2008欧州選手権は、イタリアが8強に入っている。果たして結果はどうなるか。

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高知城お堀の亀君

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来たか亀君。水面を懸命に両手両足を交互にかきわけかきわけ。汗だくだくで ?
今日も出遅れてはせ参じるが到着してからがすばしっこい。
ちくわ麸をすばやく口にくわえると一飲み。
もう食べないだろうと思いきや4~5個必死で丸飲みする。
なにせ、回りには麸(ふ)を食べようとする身のこなしのするどい強豪の大きな鯉がたくさんひしめきあっているからだ。8~9cm幅の花麸や鯨麸を一飲みで食べてしまう80cm以上の大きな鯉もいる。
亀君は短時間のうちにいかに効率よく動いて食べるかよく心得ている。

一般的に、麸(ふ)は鯉が食べ、亀が食べると思わないだろうが、
実際はよく食べる。
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Cimg2114高知地方裁判所横の高知城お堀にて。

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土佐四万十川源流点へ行く

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 四万十川源流、不入山(いらずやま)の源流点へ行ってきた。当店の各種麩まんじゅうの餡の練り水や焼麸のおつゆ麸、国内麦おつゆ麸、白玉麸や各種ふ菓子の焼麸の仕込み水、砂糖の溶き水に、この不入山(いらずやま)の湧き水を使っている。ここからこの山の一滴一滴のきれいな水が196キロメートルかけて太平洋へと流れていく。この辺りは民家もなく四国山脈の真っただ中にある。登り口から源流点へ行く登山道は、徳島県境にある三嶺へとつづく西熊渓谷の沢づたいとよく似ている。沢づたいを家内と登っていくのは、三嶺登山以来久しぶりだ。三嶺登山は5時間ほどかかったが、ここは登り口から20分~25分ほど歩けば源流点へたどり着ける。
 四万十川流域でブナのある原生林がある山は数が少なく、この流域の中でも不入山(いらずやま)は、頂上付近に豊かなブナの森を抱えている貴重な山だ。ブナ林の保水力は、普通の林の3倍はあるといわれている。大切な自然を守るためにも、山を、山の奥に暮らす人たちを大切にしないといけないと思う。
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 高知市内から源流点登り口まで距離にして約77キロメートル。以前来た時、長崎、京都ナンバーの車が止まっていて、こんな山深くまで来るとは・・・と驚いたことがあった。源流点に行くには、アスファルトの道から土の道に変わり、Uターン出来ないくらい狭い道を進まなければならず、登山口にたどり着くのか途中で心配になってくるほどのでこぼこ道だった。写真の土の道は、きれいなところを写しているが。(土の道は、しばらく崖崩れで通行止めになっていた。)
 源流域の不入山(いらずやま)周辺は、野鳥が非常に多く鳴き声がやかましいと思うほどよく聞こえてきた。ここは、野鳥の生息場所として最適なのだろう。

麸富ヨコヤマの手づくり麸ホームページ


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<ここは海抜1.5メートルです。>

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 最近のことだが、当店前の江ノ口小学校正門の横に、<ここは海抜1.5メートルです。>と書かれた看板が塀に貼られるようになった。高知市内のあちこちのガソリンスタンドにも「ここは海抜・・・・です。」と同じように貼られている。わずか海抜何十センチメートルと書かれたところもある。いつ来るかわからないが、だが間違いなく100%、90年~150年に一度来る南海地震に備えての看板だ。

 毎日新聞に五台山から見た現在の高知市内の写真と前回の南海地震で浸水した高知市内の写真とが対比して掲載されていた。

五台山から見た現在の高知市内の写真で、中央の橋が青柳橋、左側の橋が新青柳橋と高知市中央卸売市場。右側上部方面に当店がある。
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五台山から見た前回南海地震によって浸水した高知市内。
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記事の見出しに「地盤沈降にも警戒を」「南海地震で高知平野水浸し」とあった。

 この浸水は、津波による浸水だけでなく、地盤沈降による浸水によっても起こると警告している。90年~150年にかけて高知平野はゆっくりと隆起を続け、南海地震が起きると普段の隆起を上回る1~2メートル沈降するとのことだ。そして再び隆起が始まり南海地震とともに沈降を繰り返すようだ。

 一般には、浸水は津波によるものと思われがちだが、地盤沈降による浸水が原因であると知られてないと高知大学理学部の岡村眞教授(地震地質学)が警鐘をならしている。又、堤防を強固なものにして浸水を小さくし、できるだけ2階以上で暮らした方がいいと指摘している。

当店は、南海地震が起これば、1~2メートル沈降し、海抜ゼロメートルかそれ以下となり浸水地帯となりそうだ。

満潮時、相生町山田橋付近の川面の高さと道路の高さが同じ位に見える。江ノ口川の堤防の高さは川面より1~2m位の高さしかない。
江ノ口川堤防のかさあげ護岸工事をしないと、南海地震が起これば、江ノ口川流域周辺は、津波が来なくても沈降で水没するかもしれない。
 

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「スローフード」と「地産地消」

 岩波新書 筑紫哲也著 「スローライフ----緩急自在のすすめ」 を何ヶ月も前に本屋さんで買ったがそのまま読まずにいた。最近になってこの本を少しづつ読み始めるようになった。

 職業が食べ物を扱っている関係で、タイトルの「スローライフ」より「スローフード」に興味をもって読んでいたある日、高知新聞土曜日朝刊自由時間のページに  「高知は食材の宝庫」料理家の池田さん(兵庫県)スローフード活動を応援  の見出しとコメントが目に留まった。

 池田律子さんは、日本航空で9年間働いた後、イタリア暮らし12年、現地のスローフード活動に詳しく、日伊両国で料理教室を開き、三年前、たまたまの縁で訪ねた高知が食材の”宝庫”であることを知りファンに。この四月末のスローフード高知協会総会にも出席。「高知は食材も人も時間の流れも、南イタリアそっくりです。食の魅力のPR、喜んで引き受けます」と。

 そういえば2,3年前ある会合の懇親会の席上、高知学園短大の先生と話をする機会があり、一枚のコピー用紙をいただき事務所の壁に貼っていた。このコピー用紙の上へ別の用件の紙を重ねていたのでこのコピー用紙の存在をすっかり忘れていた。が、この新聞記事を見て、ふっと、壁に貼って隠れていたコピー用紙を思い出し、もしかしたらこの新聞の記事に載っているスローフード高知と壁に貼ってあるコピー用紙のスローフード活動の団体がいっしょかもしれないと思い、重ねていた紙をめくってみた。

 団体はいっしょだった。Slow Foodとかたつむりの絵の公式ロゴマークがありスローフード活動(食文化のボランティア団体)の大きな見出しと事務局高知学園短大食品加工学研究室内と書いてあった。この用紙をいただいた時は、高知で「スローフード高知」を立ち上げたばかりの時だったんだなと思った。

 

 1980年代半ばにイタリアローマのスペイン広場にファーストフード店がオープンした。イタリアの家庭では、手間ひまかけて料理を作り、時間をかけて食事を楽しむ習慣があり、ファーストフード店の進出でイタリアの食文化の危機を感じた食文化雑誌の編集者だったカルロ・ペトリー二が、食生活の改善を訴え、イタリア余暇・文化協会(アルチ)という団体の一部門として、「アルチ・ゴーラ」という美食の会を作ったのが始まりのようである。その後、1998年イタリア北部の小さな町「ブラ」にスローフード協会という民間の非営利団体(NPO)を設立し、この運動が世界中に広がっていった。

 この運動は、単なるファーストフード反対運動や、おいしいものをゆっくり味わうということでもない。
スローフード運動を興したスローフード協会長のカルロ・ペトリー二が、どんな食べ物を「スローフード」と呼ぶかについて語った4つの要件(定義)というのがある。

①その土地の産物であること。

②素材の質の良さが保たれていること。

③その土地の風習に合った生産法で作られていること。

④その土地に活気を与え、郷土の社会性を高める食品であること。


これらの定義は、「地産地消」が目指したものとほとんど同じである。


更に、スローフード活動の具体的な3つの指針が示されている。

①守る:消えゆく恐れのある伝統的な食材や郷土料理や質の良い食品を守る。

②支える:質の良い食材を提供してくれる小規模生産者を守る。

③教える:子供たちを含めた消費者全体に味の教育を進める。


 2002年、アジアから初めて「スローフード賞」に選ばれたのは、佐賀県の農民、武富勝彦さんだった。武富さんが手がけたのは「古代米」である。有明海沿岸に拡がる葦原の葦を堆肥にして有機農法で赤米、黒米、緑米の古代三色米を作る武富さんたちの葦農は、スローフードがいう「その土地の風習に合った生産法」である。受賞の知らせを聞いた武富さんが発した第一声は、「スローフードって何?」だったそうな。

作る環境や作る場所がどんなにかけ離れていても、食のありようを追求していくと同じことにたどりついてしまうのだろう。

では、「スローフード・高知」の活動は、どのような指針で活動しているのだろうか。

①希少で、作り手が消えつつある質の良い食材・食品や郷土料理を支援し守ること。

②考えても良い 食べても良い食材を提供してくれる小さな生産者及び良い料理を提供してくれる料理店を支援し守ること。

③子供たちを含めた消費者全体に食品の品質や味覚の知識を普及すること。

④食と生活が一体となった地域の生業を提案して、それを支援すること。

⑤「食を語りながら楽しくいただく」(生産~消費)のためのイベントなどを開くこと そして一人ひとりの力が育む高知の食文化をめざします。

と書いてあった。

 地域の励みになる内容であり、これから将来に向かっての大切な事がちりばめられており、何よりも取り組む姿勢がすばらしいですね。


 筑紫哲也さんは、大分県出身で、この本に大分県の一村一品運動から地産地消までの流れをわかりやすく述べている。

 筑紫さんの出身地の近くに大山町という小さな町があって、今全国に拡がってにぎわっている「道の駅」はここの成功がヒントだったと言われている。又、この町は「一村一品」の起点でもあった。この大山町の試みと、歓楽型の温泉町に背を向けて自然と融合した温泉地を目指していた「湯布院」とに着目して当時大分県知事平松守彦さんが運動化したのが「一村一品」だったそうな。地域が生き残るためにやったさまざまな試みの1つがこの「一村一品」であり、次に「町おこし、村おこし」、次に「地域活性化」、そして今は「地産地消」、となる。この一連の流れの中でますます深まったのは、食材に対する不安であり、素性のわかった食材を求める消費者の欲求であると核心を突いて述べている。

今後、「スローフード」や「地産地消」の取り組みがますます重要となる。Cimg1829


 余談となりますが、湯布院が「一村一品」の起爆剤となったとは意外でした。高知市の北にある土佐山に「オーベルジュ土佐山」という宿泊施設があります。5年以上前、コンパクトだがそこにいろんなジャンルの図書があるなかで「湯布院幻燈譜」中谷健太郎著という本があり読みふけったことがありました。湯布院に住む人たちといっしょにさまざまな問題にぶつかりながらも、湯布院を立ち上げて行く苦闘が書かれていたからです。

麸富ヨコヤマのホームページ

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Tシャツアート展IN入野海岸

 高知県幡多の入野海岸のTシャツアート展。1枚1枚見る。1枚1枚それぞれの思いでプリントして作っているので、個性が出ていておもしろい。

 海岸ではたくさんのサーファーがサーフィンを楽しんでいた。

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小田和正2008年コンサートツアー

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人ごみをまぶしそうに君が走ってくる 降り続く雨はやんで夏の空に変わった・・・・・・・・・・・・

自己ベスト・2のCDの一曲目「こころ」からコンサートは始まった。場所は神戸ワールド記念ホール。観客は、案内の方の話では7~8千人とか。見たところ2~3千人かと思ったが、このホールたくさん入れるのですね。

やっとやっとコンサートへ行くのが実現した。テレビでは年の暮れに「クリスマスの約束」と題したコンサートを2年越しに見てきた。変声期に声変わりがなかったそうで高音の透き通るような声で歌っていた。ステージを取り囲む背後のスタンド席で家内と聞いた。こんなに多くの観客の入ったホールでのコンサートは初めてだ。みんなといっしょに手拍子したり、口づさんだり、立ち上がったり、手やつま先でリズムをとったりして楽しんできた。とてもいいコンサートだった。小田さんとは同じ団塊の世代で共感するものが多くあり、元気あふれる姿を見てどっさりエネルギーをもらって帰ってきた。

Cimg1177<コンサート会場へ行く入場者>

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<神戸記念ワールドホール>


コンサートで歌った曲

こころ
正義は勝つ
愛を止めないで
伝えたいことがあるんだ
Re
僕らの街で
いつかどこかで
たしかなこと
地球は狭くなりました
倖せなんて
愛の唄
さよなら
a song of memories
言葉にできない
今日もどこかで

NEXTのテーマ ~僕等がいた
もっと近くに -as close as possible -
ラブストーリーは突然に
キラキラ
そのままの君が好き
時に愛は
風のようにうたが流れていた
東京の空
ダイジョウブ

-アンコール-
またたく星に願いを
YES-NO
今日もどこかで
君住む街へ

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春うらら

五台山の下の垂水の池の亀さん達。足を伸ばしてひなたぼっこ、気持ちいいーーーーーCimg0852
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おいしいわらびーーーーーーーもちいかがですか と高知市内を回っている「わらびもち」の車。 配達の途中よく出くわすが、一度食べてみたいと思いつつ通りすぎて行く。時間がゆっくり流れていく。
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あちこちで田植えが始まった。
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高知県宿毛の菜の花畑
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仁淀村  中越家の桜、市川家の桜、ひょうたん桜・・・

今年も中越家の桜、市川家の桜、ひょうたん桜、大渡ダム湖岸沿いの桜が満開できれいだった。
<中越家のしだれ桜>Cimg1053Cimg1071_2Cimg1065Cimg1077

<市川家のしだれ桜>Cimg1105Cimg1118Cimg1116Cimg1109

Cimg1009<ひょうたん桜>
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Cimg1027<ひょうたん桜すぐ下の斜面の芝桜と茶畑>

<大渡ダム湖岸の桜>Cimg1136Cimg1137

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桜をたっぷり堪能した一日だった。


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九反田堀川の桜

高知市九反田堀川の桜が満開でとてもきれいだCimg0866Cimg0945Cimg0922_3


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桜の咲く頃

高知工科大学校内、南国市内の川べりのしだれ桜、岡豊城の桜等などいたるところで見ごろを迎えている。Cimg0648
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Cimg0686岡豊城のわらぶきの家と満開の桜を見ていたら東京世田谷区にある向井潤吉アトリエ館で見た油絵が頭に浮かんできた。

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白もくれん

高知市堺町(堀詰)の南北の通りにある白もくれんの並木が満開だ。配達の途中、満開の白い花が目に飛び込んでくる。この白もくれんが咲き終わると染井吉野の桜がいっせいに咲き始める。春が来た。

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「五つの約束」と「凧作り教室」

今学期も4年生を対象にした凧作り教室が行われた。
授業の最初10分間をいただき、登下校の注意点を高知地区地域安全協会(高知警察署内にあります)の地域安全アドバイザーの方に「五つの約束」と題して五つのパネルの説明をしながら話してもらった。

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最後に「たすけてー」と大声で連呼して終えた。10分間の短い時間ですが、繰り返し繰り返し地道に教えて登下校の防犯につながればと思っています。

続いて凧作り教室が行われた。

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凧作り教室講師の野村君は中学高校の同級生で今年でこの教室は始めて5~6年になります。野村君今年もありがとうございました。今回の凧は、こいのぼり凧でした。


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氷彫刻ー田野小学校

 高知県安芸郡田野町にある田野小学校で日曜参観日の授業として6年生を対象に氷彫刻の講和と実演が行われた。6年生の担任の先生と田野町教育委員会の依頼で進められた。主催は、田野町青少年育成町民会議だった。
 黒板に「立志」「夢に向かって歩む」と事前に書いてあった。コツコツ長く努力することが大切で、そうすればきっとラッキーなことが訪れますよと講師の蝦名彰人さんは語っていた。
 蝦名さんが10年前東京で行われた全国氷彫刻展夏季大会で日本一となり、以来青少年育成活動として県下で氷彫刻の講和と実演を行い、見てもらった生徒さんは数千人となった。飛行機でたとえるなら、今まさに離陸を始めようとしている生徒さん達ばかりなので、ぜひ大きな夢に向かって歩んでほしいと願っています。


 氷彫刻は、野球の捕手が逆さになりながら球を捕る様子を表現した「スーパーキャッチ」です。出来上がってから倒れないかとヒヤヒヤするほどの角度に傾けているので、生徒さん達がいっしょに写真を撮る際、前後には行かないようにと呼びかけながら撮りました。お見事としか他に言いようがありません。
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 帰りに蝦名さんと田野駅にある道の駅で食事をした後、講和と実演のあと教室に帰り書いたばかりの生徒さん達19名の感想文を読ませてもらった。ちゃんと講和も聞いており、素直な気持ちが書いてあった。
 いっしょに高知市に帰る車の中で蝦名さんに「いい仕事」しましたね、いやこれは仕事じゃないので「いい事」しましたねと言って帰ってきた。2週間前にもいっしょに行った下見も含めて、蝦名さんお疲れ様でした。ありがとうございました。

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2007年カシオワールドオープン

 ご縁があって東京のカシオ計算機の執行役員さんからカシオワールドオープンの招待券をいただき家内といっしょに行ってきた。ゴルフはまったくやらないので招待券が送られてきた時とまどったが、こういうきっかけがないと行くチャンスはないと思い、感謝の気持ちいっぱいにして黒潮カントリークラブに行った。ゴルフ場へ足を踏み入れるのは私も家内も初めてだったが、眼下に太平洋が見え芝生がとてもきれいだった。18番ホールが少し遠くに見えるところの小高い丘の芝生の上で昼食をとりながら、最終日の白熱したゴルフを観戦した。
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 17番ホールへ行くと後で優勝者となった手嶋 多一選手がカップに見事沈めてガッツポーズをしているのが見えた。ヨッシャーという感じで気合が十分入っていた。17番ホールから18番ホールに移る通路のすぐ目の前を日焼けして顔が黒光りしている谷口徹 尾崎健夫 キャンベル ジャン 宮里優作各選手が次々と通り過ぎて行った。

 18番ホールから各選手がドライバーで打つ音は、冴え渡ったクリアーな音に聞こえた。思いっきり、しかも真芯に当たるプロの打つ音とはこのような音かと感心した。テレビで聞く音とは全く違っていた。
 
 最後にキャンベル選手がカップに入れプレーオフになるかと思っていたら、スルッとカップに嫌われ、思わず空を見上げてオーーッと叫んでしまった。ゴルフをしない私だがいつのまにか興奮してゴルフの醍醐味を味わっていた。

 大会終了後、帰ろうとしていたら、場内でこのコースでプレーした経験のある知人に会った。「最後キャンベル選手がはずすと思った。あそこは難しいところで、プロでも二人に一人ははずすから」と言っていた。
翌日の新聞に18番は、バーディからイーグルがとれるようにカップの位置を変更したと書いてあった。勝負の行方を大きく左右するカップの位置変更だった。

 ちなみに後から知ったのだが、キャンベル選手がこのカップに沈めるのと、はずすのとでは賞金金額が1400万円違うとのことで大きな一打差だった。一位手嶋 多一選手2800万円、二位キャンベル選手1400万円。賞金総額1億4000万円。見ごたえのある大きな大会だった。

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万歳する亀

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五台山すぐ下の垂水の池に雨降り以外は数十匹の亀がよく甲羅干しをしている。その亀の中に、一匹だけいつも気持ちよさそうに両手両足を天高く万歳して甲羅干しをしている亀がいる。池のそばを通っていると、のんびりと万歳して甲羅干しをしている亀が目に飛び込んで来たので車でそろりそろりと近づいて携帯でパチリと撮った。

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「つもり」

「うまい表現する人がいるもんだなあ」「そうだよなあ」「そうだよなあ」としきりに感心した十訓。

高いつもりで低いのが  教養

低いつもりで高いのが  気位

深いつもりで浅いのが  知識

浅いつもりで深いのが  欲の皮

厚いつもりで薄いのが  人情

薄いつもりで厚いのが  面の皮

強いつもりで弱いのが  根性

弱いつもりで強いのが  我

多いつもりで少ないのが 分別

少ないつもりで多いのが 無駄


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道後温泉

初めて道後温泉本館へ行った。四年間松山で過ごしたのに一度も本館のお風呂に入ったことがなかった。下宿は、道後のすぐ近くだったが下宿のおじいさんが毎日風呂を焚いていたので行かなかった。

家内とぶらっと行った。本館の二階に上がった休憩所で浴衣に着替え一階にある浴場に入った。夏目漱石の小説「坊ちゃん」ではこの湯船で泳いでいたのだなと思いながら入った。ちょっと熱かったがいい湯だった。
二階の休憩所でお茶とせんべいが出て来て、うちわでパタパタとあおぎながらお茶を飲んだ。汗がじわっとにじみでてきたがすだれの間から風がさーっと吹いてきて気持ちが良かった。冬なら体の芯まで温まるだろうなと思った。建物はかなり古いが三千年の温泉の歴史があるだけに風情があった。

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 道後温泉本館の前が商店街となっており、行ってみた。学生時代の頃とは随分変わって洗練された商店街になっていた。商店街の中程に椿湯があったので驚いた。無くなったと聞いていた。建て替えてきれいになっていた。
 この椿湯には入ったことがある。ここのお湯は肌をこするとヌルヌルしていた。このヌルヌルが湯冷めしないそうだとか。椿湯と本館の湯質は同じだと聞いていた。だが本館のお湯はあまりヌルヌルしていなくて学生時代に入ったのと比べて湯質が変わってきているのかなと感じた。

 商店街に古風で雰囲気がとても良い喫茶店があり惹き込まれるように入って行った。禁煙席は奥ですと言うのでカウンターのある喫煙席をガラス越しに見ながら狭い通路を奥へずーっとずーっと入っていくと古風な座敷と庭がありそこでコーヒーを飲んだ。なにげなく床の間の掛け軸をみてみると何を書いているのかわからず最後の行に「極堂」という文字が目に飛び込んできてあっと思った。柳原極堂翁だ。ウエイターさんに何と書いていますかと尋ねると自分にはわからないので聞いてきますと言って聞きにいってくれ、「月正に芭蕉の影のしかとあり 八十二老人極堂」で意味はわからないとのことだった。月がまさに大きな芭蕉の葉の影からくっきり見える?という意味でしょうか。

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 「淡々と水のごとし 極堂」 こんな境地にいつかなれるでしょうか。
 
 コーヒーを飲んで帰ろうとしていたら、喫茶店の奥さんがこちらに来たので何でこんなに極堂翁の掛け軸などがたくさん飾ってあるのか尋ねてみた。するとここのお父さんと親交があり極堂翁から毎年年賀状が来ていたとのこと。初めて直筆を見る機会を得た。
 極堂翁と正岡子規は同じ歳でいっしょに東京へ遊学した仲で、極堂翁が「ホトトギス」を創刊し、正岡子規が東京で「ホトトギス」を引き継いだ。正岡子規と夏目漱石は二番町(当時)の下宿「愚陀佛庵(ぐだぶつあん)」で短期間だったがいっしょに生活した仲だった。

 大学二年の時この喫茶店のすぐ上の坂を上ったところにあるホテルで着物の展示会があり、昼食のお弁当にだすちらし寿司を盛り付けるアルバイトをした。銀天街という名の商店街の中に「瓢百庵」というお寿司屋さんがあった。ご主人の名前は、三井清さん。普通だったら数日のアルバイトだったのでそのままお付き合いは終わっているのにそれがずーっと続いて行った。卒業後も。

 三井さんには、学生時代よく「お代はいらないから友達をいっぱい連れておいで」と何度も言われていた。でも行かなかった。ある時、何度も言われていると友達にこのことを話すと「この世にそんな人がいることはありえない」と言い切るのでじゃあ一度いってみるかと大勢つれて行ったことがある。言ったとうりお代は受け取らなかった。

 三井さんは、川柳を得意としていて、熱烈な極堂ファンだった。卒業後、手紙によく極堂翁の「こころざし富貴にあらず老いの春」の句を書いてきていた。老人は富んだものでも貴いものでもありません。ちょっとした心づかいが嬉しいものなのですと。また、正岡子規と夏目漱石がいっしょに下宿していた「愚陀佛庵(ぐだぶつあん)」の再建に副会長として奔走していると手紙に書いてきてあった。「愚陀佛庵(ぐだぶつあん)」は、昭和20年松山空襲で消失し昭和57年に松山城の下にある愛媛県立美術館の敷地内にある万翠荘内に再建されたそうだ。三井さんが尽力した「愚陀佛庵」へ一度行ってみようと思っています。


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 ぶらっと行った道後温泉だったが、道後商店街に極堂翁と親交のあった喫茶店に偶然出くわすとは思いもよらず、道後温泉と極堂翁にどっぷりつかって松山を後にした。


                        春風や

                          ふねが伊予に寄りて

                                   道後の湯

                                      柳原 極堂

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恩師の訃報と温山会(おんざんかい)

 7月27日午前10時前、大学4年間大変お世話になった高澤貞三先生が亡くなられた。75歳だった。
あっとゆう間に1ヶ月半がたった。

 7月30日、亡くなられた直後すぐ連絡をいただいた高澤ゼミ生の先輩と一緒に松山で行われた告別式に参列した。松山東高校のプールのすぐ北側にあった持田町の下宿から数分歩いたところに先生の自宅があった。汗かきだったので校内でも路上でも腰に手ぬぐいをぶらさげて歩いていた。ゼミの授業は、どこのゼミでも昼からやって5時ぐらいに終わるのに高澤ゼミだけは毎週夜9時か10時くらいまでみっちりやっていた。勉強はとても厳しかったが日常は対照的にとても心のあったかい先生だった。

 私が1年から2年の時高澤先生が担任で、3年から4年の時高澤ゼミに入らず別のゼミに入ったので厳しい勉強の難を逃れたのだが、15年後、別の難が待ち受けていた。

 ちょうど20年前インカレの四国大会が高知であり、夜、高澤先生から土佐料理「司仲店(当時)」で飲んでいるので来ないかと電話があり行った。行くと高澤先生と越智学長(当時)と宮崎先生の三人がいた。あれこれ話をしていて、「四国四県の中で温山会(OB会)支部がないのは高知県だけだ。だから事務局として下働きをして、しかるべき人を支部長に立てて高知支部を立ち上げるように言われた。」「おかしいですね。私が卒業してから温山会高知支部があって総会に出席したことがありますよ。」と答えると「松山の温山会本部には活動の報告がない」とのことだった。恩師に立ち上げと言われ、学長さんに「よろしく」と握手をもとめられ困った事態となった。

 首を何度もかしげながらも立ち上げ、後でわかったのだが諸事情でずっと活動停止状態になっていたようだ。
後々、前支部長さん宅に何度もお伺いして資料や名簿やアドバイスをいただいた。だが、心の隅にやまってしまったと思い込んで支部を立ち上げ前支部長さんに悪い事したなとずっと思っていたところ、温山会本部より前支部長さんに立ち上げに大変尽力されたので功労賞の表彰をしますと連絡があり、前支部長さんは松山の本部総会に招待され、大勢の温山会会員のみまもる中、表彰を受けられた。後日、前支部長さんと前副支部長さんと私の三人で嬉しい祝杯を上げさせていただいた。


 土佐料理「司」で会った宮崎先生は、のちに、越智学長の次の次の10代目学長になられ何度も温山会高知支部総会に出席いただいた。11代目の学長になられた比嘉先生も学部が違って授業を受けた事はなかったが、高澤先生を通じて知っていた。学生時代の夏休み、事前に何の連絡もなく突然高知に卒業生2人を運転手にしてやって来た。四国一周しているのだが、運転手の1人が急用で松山に帰ることになったので運転手役を頼むとの事。祖谷のかずら橋 などを運転して松山へ行き、バスで高知へ帰って来たことがあった。以来30年弱たち、高知の温山会総会で学長さんとして比嘉先生にお会いするとは思ってもいなかった。言葉で表現できないご縁があったのだろうと思った。

 高澤先生を通じて思いもかけず事務局を担当して20年たったが、高知支部を立ち上げた当時の名簿数は200名弱だったが、今は1000名を越すようになった。10月の総会の準備が始まった。
心より高澤先生のご冥福をお祈りします。

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目はルビー色 絶滅危惧種 アカメ

 アカメは四万十川のみにすんでいる魚だと思っていた。県のレッドデータブックで絶滅危惧種に指定されている。捕獲禁止は賛否分かれて保留となった。数年前、そのアカメの稚魚が高知市内の新堀川にすんでいると聞いた時、正直驚いた。小さい頃のドブ川のイメージがあったからだ。まさかあの汚い川にいるとは・・・間違いではないかと思った。
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中学生の頃、高知港桟橋南のセメント工場近くでかに網に魚の粗(あら)をえさにして「えがに漁」をしたことがある。数年前からその「えがに」が新堀川で捕れだしたので何かが変化しているとはうすうす感じてはいたが・・・・・。

 新堀川につながっている江ノ口川は、ずっと汚い川だと思っていたが、川面をよくよく見るときれいになってきている。小さい頃から旭町にあった製紙工場の廃液で悪臭を放っていって日本一汚いドブ川と云われていた。その汚い水が新堀川に流れ込んでいた。
 小学校の頃、大川筋の今の「土佐御苑」の前に小さい溝がありそこへ江ノ口川の臭い水が流れて込んで来ていた。遊んでいて誤って飛び込んでしまいあまりの臭さに困り、あわてて大川筋のペンギン公園前の小川で洗ったが臭いがしみこんでとれなかった事を覚えている。とにかくすごい臭いだった。

 何十年か前、製紙工場が操業停止となってパルプの廃液が流れ込まなくなり、除々に澄んでくるようになった。(すぐきれいになると思われたがならなかった。原因は生活用水の流入だった。)江ノ口川とつながっている新堀川にアカメの稚魚が食べるコアマモも生え、珍しい絶滅危惧種の「シオマネキ」も見つかり、「はぜ」や「すみひき」や「チヌ」や「すずき」も釣れるようになった。だが、都市計画で新堀川の上を南北にかぶさるように大きな道路ができることになり、工事がとうとう始まった。高知市のど真ん中にこんな自然があるということはすばらしいことなのだが、出来ることなら計画を変更して是非残してほしいものだ。とても残念だ。自然と共生できる街づくりであってほしいと心から願うのだが。

 小さい頃、高知市内の北を流れる久万川にも、「どんこ」や四万十川で獲れる「ごり」や「手ながえび」や「はぜ」がどっさりいた。上流域にいつの間にか徐々に住宅が出来、生活排水が流れ込み、川底にヘドロがたまり「ごり」や「手ながえび」や「はぜ」がいなくなった。川の自然の浄化能力以上に生活用水が多いということなのかもしれない。

 私が生まれる前には、九反田からはりまや橋、今の大丸前は川となっていてチヌとか魚がいっぱいたそうだが、自分の小さい頃はドブ川と化していたので信じ難かったが、いろんな魚が住めるようになってきて、やっとその話が現実味を帯びてきた。「新堀川の自然が昔のように少しずつ復活して来ているよ」と青色のシグナルを送ってきてくれている。

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 今年鏡川にかかる九反田橋近くで1メートルちかくもあるアカメが釣れたとの新聞記事をみてびっくりした。高校生の時九反田橋の上から夜釣りをしたことがあるので、へェーーーあそこで釣れたのかと感慨深い目で記事を読んだ。新堀川などでアカメの稚魚が育ち浦戸湾で大きく大きく育ってくれればと願うのだが・・・・・。
画像はいずれも四万十市(旧中村市)にあるアカメ館の水槽のアカメと水槽下に貼っていた写真と説明文です。
アカメの目はルビー色だった。


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はえ縄漁

 6月10日高知新聞朝刊地域欄に「はえ縄でナマズ捕った!」という見出しが目に飛び込んできた。漁師さんがはえ縄に掛かったナマズを引き揚げたその回りを児童らが取り囲んでいる写真が掲載されていた。

 須崎市上分小学校の四、五年生29人が9日学校近くの新荘川ではえ縄漁を体験した記事だった。この体験は同校の児童が集団生活する中で地域との交流を図ろうと3日から9日まで通学合宿「かわうそ未来塾」を開催し上分公民館に泊まり込み、料理や掃除をしながら学校に通っているとのことだった。前日夕方仕掛けたはえ縄を、この日午前五時から地元漁師さんといっしょに引き揚げ、ナマズが8匹掛かっているのを見て興奮気味で面白かったと感想を述べていた。ナマズは蒲焼にして昼食で味わったとのこと。

「はえ縄」という単語がなぜ目に飛び込んできたかと云うと、私も上分小学校の児童の皆さんと同じ小学校の4,5年の頃から中学校にかけてはえ縄漁をした経験があるからだ。

 小・中学校の頃、高知市の北にある秦泉寺の山へ「はえ縄」のさおにする竹を取りに行った。準備する竹は、直径が1cm弱、長さが40cm位で本数が50本~100本。てんぐすは、太目の凧糸で1m位。釣り針は鯛用の大きい針で凧糸でしっかり結びつけた。はえ縄漁で使うえさは、どじょうで1週間ぐらいかけて近くにあった「ひょうたん川」や田んぼのそばの溝で放課後採ってためて行った。一週間かけて着々と準備して、土曜日の夕方どじょうを3つに切り釣り針にひっかけて刺し、主に弥右衛門(やえもん)の水路の岸辺へ50本~100本ぐらいつけて帰って来ていた。はえ縄漁は、魚が夜になると岸辺近くに集まってくる習性を利用している。

 土曜日夕方 はえ縄を仕掛けて帰ってくると明日は何匹掛かっているのだろうかと想像する度ワクワクしてふとんに入っても興奮して寝つかれず寝返りを何度も繰り返していたのを今でも鮮明に覚えている。翌朝引き揚げに行くと、大きいのでは4,50cmある「ナマズ」や「らいぎょ」が何匹も掛かっていたこともあった。大きな鯛の釣り針を曲げて逃げたのもいた。1キロぐらいあるうなぎが掛かっていた事もあった。

 はえ縄のえさは、主にどじょうだったが「うなぎ」をねらおうとすれば20cmから30cmの大ミミズの勘太郎ミミズが適していた。高知城のすべり山の南斜面に竹やぶがあった。そこに「むしろ」の腐ったようなものが積み上げられていて勘太郎ミミズの「すみか」があった。じめじめした梅雨の頃、むしろの下の柔らかくなっている地面に棒で激しく突き刺したり抜いたりするとびっくりしてどっさり面白いほどにょきにょき地表に飛び出してきて一網打尽?にしてはえ縄のえさにしたこともあった。ひょうたん川でけっこうこの勘太郎ミミズでうなぎが採れた。弥右衛門でも勘太郎ミミズを使えばうなぎが掛かっていた。
 今うなぎの稚魚が入手困難になりつつあるが、当時はひょうたん川の水面に「はりうなぎ」がたくさん泳いでいた。自分たちは、「はりう」と呼んでいた。ふな釣りをすると小さいうなぎがけっこう釣れて、てんぐすにからみもつれてやっかい物だった。今は貴重な魚となっている。


 今はひょうたん川も弥右衛門の水路も土管を埋めてなくなっている。もう はえ縄漁など児童の皆さんには経験出来ないと思っていたので高知新聞のはえ縄の記事を見て、須崎市上分小学校の子供さんたちが地域の漁師さんといっしょに貴重な良い体験してよかったなと思った。自分たちの小さい頃のように県下の自然が残っているところで、地域の方たちと児童の皆さんとはえ縄漁などこのような交流がもっとできればと願っています。
 体験した児童のみなさんがみようみまねで漁師さんに教えてもらったことを回りの方たちといっしょに着々と準備をしてはえ縄漁をすれば、仕掛けた夜は興奮して寝むれませんぞ。

 
麸富ヨコヤマ本店へ

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夕食後、急に蛍を見に行こうということになった。
随分昔、高知市朝倉米田の水路で蛍を見たことがあり、今はいるかなと思いながら行ってみた。
夜8時半ごろ水路沿いの暗闇の中、一匹強く光ったり弱く光ったりして飛んでいた。
更に水路をさかのぼっていくと、目の前をゆっくり飛んでいる蛍がいて手のひらにとまらせ、家内の手のひらにそっと移すと手のひらでじっとして光っていた。しばらくして飛んで闇の中へ消えていった。
この辺りは鏡川の水が水路に流れ込んでいて水がきれいなのだろう。自然がまだまだ残っている。
今夜は、蛍がたくさんいなかったが見れてよかった。
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土佐久礼 黒潮本陣 鰹たたき実演

 高知県高岡郡中土佐町久礼の黒潮本陣へ行ってきた。黒潮本陣そばの食事処で鰹を「わら」で焼いて「たたき」にしているところに出くわした。

 一般客の方(県外の観光客の方?)がいっしょに来ていた仲間と鰹のたたきを食べるため、鰹のさばき方を店のおばちゃんに教えてもらいながら自らさばき、塩をパッパとふりかけ自ら「わら」で焼いて「たたき」を作っていた。火力が強いため「これは熱い熱い 夏なら大変だ」と言いながら焼いていた。

 焼きたての鰹を店の方がすぐ切って大皿に盛り付けていた。最高の贅沢な食べ方だ。太平洋を眺めながら焼きたてをにんにくといっしょに食べればきっと大満足することだろう。
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脂ののった鰹は、10月頃の下り鰹と思っていたが、そんな事はなく年中土佐では食することが出来る。
脂がのったもちもち感のある刺身はこじゃんとおいしいきに。と、帰りに立ち寄った久礼大正市場の魚屋さんの鰹を見てふっと思った。

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高知県北川村「モネの庭マルモッタン」

久しぶりに「モネの庭マルモッタン」に行った。池にスイレンの花が咲き、まるでモネの絵のようだった。庭園にはいろんな種類の花が咲き、色鮮やかでとてもきれいだった。

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良い時にあせらない 悪い時にあきらめない

数々のタイトルを獲得した将棋棋士谷川九段45歳。NHK午後関西発ラジオ放送にゲスト出演し、心がけている事は何かとの質問に「良い時にあせらない 悪い時にあきらめない」と答えアナウンサーをうならせていた。その他いろいろ答えていたがこの言葉が夜になっても頭から消えないでいる。

麸富ヨコヤマ本店へ

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梨の花たんぽぽ桜の花つくし

 高岡郡波介山(はげやま)公園へ桜を見に行こうと思ったが道を間違え脇道へ入ってしまった。
 一面梨の花畑が目に飛び込んできた。きれいだなあと車から降りると足元に「つくし」と「たんぽぽ」が咲いていた。もんしろ蝶も飛んでいた。思いがけず迷い込んだ道端で春のシャワーを浴びた。
波介山公園の桜は、見ごろを過ぎ葉桜になって来ていた。残念。だが展望台から眺める高岡の街並、宇佐の街並、横浪三里がきれいだった。
 今年は、山の桜が早く咲いて、平地の桜は咲くのが遅いようだ。

梨の花畑
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つくし
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たんぽぽ
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九反田堀川の桜 今年もきれいだった。

麸富ヨコヤマ本店へ

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高知県吾川郡仁淀川町の中越家しだれ桜とひょうたん桜

桜の季節だ。中越家のしだれ桜は満開だった。
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中越家の庭で満開となった赤と白の交じった木瓜(ぼけ)の花
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中越家の庭に咲く満開の桃の花
中越家御当主より桃の花だと聞く。
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中越家そばの畑のわらび
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仁淀川町のひょうたん桜。樹齢500年とか。満開を少し過ぎ葉桜になりかけちょっぴり残念。もう少ししてからの葉桜もきれいかも。
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仁淀の桜を見た夜、我家のすぐ近くのレガーレビル4階(写真スタジオ兼結婚式場)で澤田勝紀と澤田勝邦の津軽三味線の演奏を聴く。
間近で聴く津軽三味線は初めてで、力強く激しい演奏に感動した。最後に演奏した津軽三味線の乱れ打ちは見事でした。

麸富ヨコヤマ本店へ

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同窓会

 高校を卒業して40年が経った。高知県香南市野市町みどり野にある同級生のお店「ろぶろい」で同窓会をした。高知駅発17時33分の列車で野市駅に行きタクシーで乗り継ぎ、帰りは、20時58分の列車で高知駅までどうでしょうかと呼びかけた。高知駅に集まったのは、先生を含めて5名で17時33分発車した。久しぶりなのでみんな話しこんでいるうち列車の外を見ると土佐山田駅に来ており、後免駅で4両のうち後ろの2両が切り離されて野市駅方面に行くことを知らず、あれれれーーーどうしようということになった。後免駅へ引っ返そうかとも思ったが遅くなるので土佐山田駅からタクシーでみどり野まで直接行った。
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 声をかけたのは、主に1年生の時のクラスの同級生と日頃親しくしている同級生や創立100周年担当だった同級生で、寺内先生と片岡先生を含めて13名が集まった。県外も含めて30名ほどに案内を出した。それに場所がけっこう離れているので、集まってくれるか心配したが思った以上に多く出席してくれた。千葉県、滋賀県、三重県、兵庫県、愛媛県など県内外の欠席者から元気でいるとメッセージが届いており、みんなにそのはがきを見てもらった。話し込んでいると2時間があっというまにすぎた。
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 寺内先生は、80歳になられた。ハーモニカをもってきていて、一番大好きな曲と言って「波浮の港」と「埴生の宿」を演奏してくれてみんな拍手喝さいした。先生のハーモニカ演奏は初めて聴いた。演奏を聴いていて胸があつくなった。最後に香川県から車でかけつけ2時間ウーロン茶でおおいに酔った大崎君(応援団だった)が大きな声でふれーーーふれーーーと力強く腕を振り、先生のハーモニカ伴奏でみんなといっしょに鵬程万里の校歌斉唱、応援歌斉唱をしてお開きとなった。
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帰りの列車は、7名となり、先生といっしょにのんびりと談笑しながら帰って来た。

みんなまた会おう。

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足立美術館

 島根県安来市に足立美術館がある。足立全康さんが昭和45年71歳の時設立し、91歳で亡くなられるまで心血を注いで作った美術館で、横山大観の作品がたくさん所蔵されている。特に横山大観作「紅葉」はすばらしい。

 すばらしいのは、絵画だけでなく庭園がまたまたすばらしい。13000坪の庭園は、見事だ。
米国の日本庭園専門雑誌の日本庭園ランキングでは、日本全国731箇所の名所・旧跡を対象に総合的に判断し、初回となる2003年ランキングから2006年まで、4年連続で庭園日本一に選出されている。2位は京都の桂離宮が選ばれている。

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〒780-0051高知県高知市愛宕町2-15-11
(有)横山製麸所
TEL 088-872-3670
FAX 088-872-3344
メールyokoyama@futomi.co.jp
フリーダイヤル0120-998-028

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アメリカインディアンの格言

「アメリカインディアンの書物より賢い言葉」扶桑社文庫の単行本を読んでいる。


私の前を歩くな
私が従うとは限らない。

私の後を歩くな
私が導くとは限らない。

私と共に歩け
私たちはひとつなのだから。

             ソーク族の格言

ひとりの子供を
育てるには
村中の努力が
必要だ。

            オマハ族の格言

長年会っていなかった
兄弟のように
向かい合おう。

            ウマティッカ族の格言

つねに客人は
疲れ、
腹をすかせていると考え、
そのつもりで
もてなせ。

           ナバホ族の格言

自然から離れれば
こころが頑(かたく)なになる。

          ラコタ族の格言

慎ましく食べ、
慎んでしゃべる。
そして誰も傷つけない。

          ホピ族の格言


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     ・
     ・
     ・
     ・


短い言葉の中に人生の大事なことが濃縮されている。

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心が決める

お得意先の新年会がありすっかり酔ってしまったので、いつもならタクシーに乗って帰るところだが、この日はなぜかとぼとぼと歩いて帰ろうとした。

 我が家のすぐ近くにBOOKOFF(古本、CD他販売)がありよく前を通るが立ち寄った事があまりない。BOOKOFFの前を少し通過して酔っていたせいかバックしてぶらっとBOOKOFFに入った。新年会を主催したお得意先の社長様が昨年自社の社内報に、京都セラミックの名誉会長の稲盛和夫さんがかいた本の事を引用して述べていたのが頭にあったので稲盛さんの本があればと探してみた。探してみたら稲盛さんの本は一冊のみあったのでそれを買って帰ってきた。その夜は読むことなく寝てしまった。

 翌日買ってきた本を読んでみると、偶然にも社内報に述べていた本だった。「生き方--- 人間として一番大切なこと」というタイトルで人間としての生き方のみならず、企業や国家、文明あるいは人類全体までを視野に入れて書いている本で、稲盛さんの考え全てを述べた本だった。

稲盛さんは仏門に入られているので仏教用語でわかりやすく例えを使って述べている。

本を読んでみて印象的だったのは、「おもいやり」や「利他の心」が大切で、「利他の心」とは自分よりも先に他人によかれと考える心で、時に自らを犠牲にしても人のために尽くす。そのような思いやりの心の大切さを、稲盛さんが得度した時お世話になったご老師が例え話でわかりやすく説いていた。長い文章だが、そのまま引用して書いてみます。

 あるお寺で若い修行僧が老師に「あの世には地獄と極楽があるそうですが、地獄とはどんなところなのですか」とたずねました。すると老師は次のように答えます。
「たしかにあの世には地獄もあれば、極楽もある。しかし、両者には想像しているほどの違いがあるわけではなく、外見上はまったく同じような場所だ。ただ一つ違っているのは、そこにいる人たちの心なのだ」
老師が語るには、地獄と極楽には同じような大きな釜があり、そこには同じようにおいしそうなうどんがぐつぐつと煮えている。ところが、そのうどんを食べるのが一苦労で、長さが一メートルほどの長い箸を使うしかないのです。

 地獄に住んでいる人はみな、われ先にうどんを食べようと、争って箸を釜につっ込んでうどんをつかもうとしますが、あまりに箸が長く、うまく口まで運べません。しまいには他人がつかんだうどんを無理やり奪おうと争い、ケンカになって、うどんは飛び散り、だれ一人として目の前のうどんを口にすることができない。おいしそうなうどんを目の前にしながら、だれもが飢えてやせ衰えている。それが地獄の光景だというのです。

 それに対して極楽では、同じ条件でもまったく違う光景が繰り広げられています。だれもが自分の長い箸でうどんをつかむと、釜の向こう側にいる人の口へと運び、「あなたからお先にどうぞ」と食べさせてあげる。そうやってうどんを食べた人も、「ありがとう。次はあなたの番です」と、お返しにうどんを取ってあげます。ですから極楽では全員がおだやかにうどんを食べる事ができ、満ち足りた心になれるーーーー

同じような世界に住んでいても、あたたかい思いやりの心をもてるかどうかで、そこが極楽にも地獄にもなる。それが、この話がいわんとしていることなのです。

と書いてあった。


 また稲盛さんは、天台宗の座主であられた山田恵諦(えたい)さんから、天台宗には「忘己利他」(もうこりた)という言葉があって自分のことを忘れて、人さまのために尽くすという仏教の教えであり、「物欲を追求する事はもう懲りた。今後は、自分のことはさておいて人さまのために尽くしていかなくてはならない。」と理解すべきだと教えてもらったそうな。


この本を読んでいてふっと芥川龍之介の短編小説「蜘蛛(くも)の糸」を思い出した。

 「いろいろ悪事を働いた大泥棒が一度だけ道ばたではっていたくもを踏み殺そうとしたが小さいながらも殺すのはかわいそうなのでくもを殺さず助けてやった。極楽からお釈迦様が善い事をしたことに報いようと思い、極楽から蜘蛛の糸を地獄にいる大泥棒にたらした。大泥棒は、しめしめと思い蜘蛛の糸をたぐりながらどんどん登って行く。途中下を見ると罪人各々が地獄から抜け出そうとぞろぞろたくさん登って来ていたので、この蜘蛛の糸は俺のものだ。切れたら困るので下りろと大きな声で叫んだとたん、糸がぷっつり切れてまっさかさまに地獄に落ちてしまうという小説だった。大泥棒の自分だけ助かろうという浅はかな心、無慈悲な心をお釈迦様が戒めたという小説だった。」


思いがけず買い、走り走り読んだ本だったが、読んでみると個人のみならず万事に通じる示唆に富んだ本だった。

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大地震

 久しぶりに高知新聞社編「南海地震にそなえる」を読む。発行が1996年だからもう10年がたつ本だ。

 この本を以前読んでずっと記憶に残っていたのは、南海地震ではなく四国に分布する中央構造線のことだった。
大断層であり日本で最も活動的な活断層で2000年間隔で大きな地震を起こしており、
最近2000年は動いてないことが明らかになったと書いてあった。ということはいつ起きてもおかしくないではないか。

 だけど中央構造線の地震の備えのことは情報として流れてこない。  南海地震は、予測では早くて2035年遅くて2061年となるそうだが、中央構造線はいつ起きてもおかしくない時期にきている。

 四国では松山市、西条市、新居浜市、川之江市、池田町、鳴門市、徳島市の近くに中央構造線の大断層がある。この断層が動くと地盤の横ずれは4~6メートルにもなり、断層近くで震度6、地盤の弱い所では震度7程度になると予想され、被害も兵庫県南部地震を超えるものとなるもようだ。
 
 松山市に住んでいた時、松山市砥部町に、むき出しになっている断層があると聞いた。むき出しになるのは、震度7以上でなるそうだ。
 
高知県の地下には、活断層はないので直下型地震はないようだ。

今後迫り来る南海地震の規模はどのくらいか高知県出身で地震学者の京都大学理学部教授(現学長)の尾池和夫さんが土佐弁でたとえるならこのようになると次のように述べている。

 日本では、震度7以上を大地震と定義しているそうで、阪神・淡路大地震の震度は、7.2で土佐弁でいうと「ちっくと大きい」。

 北海道南西沖地震は、震度7.6で土佐弁でいうと「まっこと大きい」。  

高知沖で起こる南海地震は、震度8~8.5の飛び切り大きいクラスの巨大地震になるもようで、土佐弁でいうと「こじゃんと大きい」ということになるようだ。
 
 阪神・淡路大地震で高速道路がなぎ倒されているのを見てこじゃんと大きな地震だと思ったのに「ちっくと大きい」という表現とは。うーーーん、いずれのせよ、阪神・淡路大地震で西日本は、地震の活動期に入ったそうで巨大地震がヒタヒタと迫ってきている。恐ろしいことだ。


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小津神社交通安全・家内安全祈願祭

1月7日交通安全協会江ノ口分会 分会長さんの案内で今年も地域住民の皆様並びに子供さん達の交通安全家内安全の祈願祭が小津神社で行われ、 一ツ橋小学校校区、江ノ口小学校校区、江陽小学校校区で活動している地域諸団体の方や校長先生など27名が出席して1年間事故のないよう祈願してきました。 さあいよいよ一年のはじまりはじまり。 地域の皆様にとって良い一年でありますように。

麸富ヨコヤマ

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少年サポートセンター・・・いじめや犯罪被害等の相談所

 いじめをはじめとするさまざまな子供の問題行動が連日報道されている。

 高知市小津町(県立小津高校南)の高知県立塩見記念青少年プラザ2階に少年サポートセンターがあり、少年相談活動をしているのをどれだけの方がご存知だろうか。

 今年、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律が大幅に改正され、それにともない少年指導委員の役割が詳しく規定されたため、6月、高知県警察本部に県下の少年指導委員が集まり研修会をおこなった。その席上、少年サポートセンターの職員の方からセンターのくわしい説明があった。


 職員構成は、高知県警察本部少年課の方、教員、警察官、少年補導職員、少年育成相談員などで構成されている。

主な業務は、

1、少年相談活動
2、街頭補導活動
3、被害少年支援活動
4、少年の立ち直り支援、居場所づくり活動

です。

高知相談電話

サポートセンター
電話088-825-0110少年に関するあらゆる問題の相談

ヤングテレホン
電話088-822-0809少年の非行や問題行動についての相談

いじめ相談電話
電話088-872-7867子供のいじめについての相談


 いじめや犯罪被害等どこに相談したらよいのか悩んだり困ったりしている子供さん、保護者の方ぜひ電話をかけて相談してください。一人で悩まずぜひ相談に行ってください。きっと心の支えになるアドバイスがいただけると思います。

(少年サポートセンターは、規模の大小はありますが、全国の都道府県警察に設置されています。)


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恩師からの電話

 昨日、夕方、高校三年の時担任だった寺内五男先生から電話をいただいた。今年二月同窓会を開いたが寺内先生は腰痛のため欠席された。腰痛が大分良くなってきたので外出が出来るようになったとのことで、来年、春、同窓会をすることを伝えた。卒業して39年になる。今年80歳になったと話された。

 三年の時、進学校でなかったので一年間ずっと受験のため英訳の添削をしていただき、大変お世話になりました。私が卒業してから後、母校の校長先生になられ、野球部部長、高知県高校野球連盟会長をされた。

 寺内先生からは、安易な道を選ばず、コツコツ努力して道を開いていってほしいとアドバイスをして頂いた事が脳裏に強く残っている。

 12月校友会総会・懇親会に出席する予定だそうで、お会い出来るのを楽しみにしています。呉々もお身体を大切になさって下さい。

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小学3年生のかわいい感想文

 先月、店の前にある江ノ口小学校の3年生の女子生徒さん3人が工場見学に来ていた。麩の原料は何ですかとかいくつか質問があり工場を案内した。生徒さんが帰る時、麩まんじゅうを食べていいという許可が担任の先生からでれば、クラス全員にあげると約束していた。許可が出たので後日「麩まんじゅう栗あん」の出来たてを持って行った。最初生徒さんのクラス20名にあげる予定だったが、2クラスあり不平等になってもいけないので、両方のクラス合わせて40名と担任の先生2名に給食に出して食べてもらった。500x500kurian500x500kurian2

 生徒さんの工場見学の件は、麩まんじゅうを食べてもらって一件落着だと思っていたところ、先日工場見学に来ていた生徒さん3人と生徒さんのお母さん2人がお礼のあいさつに来たので驚いた。お礼などしなくていいのにと内心思っていたら、生徒さんからリボンのついたかわいい感想文をいただいた。表紙に「横山さんへ 江ノ口小3年」と書いており2クラスの生徒さんの感想文だった。あとでゆっくり読ましてもらいますと言っていただいた。

まさか感想文をいただくとは夢にも思っていなかったので本当にビックリした。生徒さん達が帰られてどんなに書いてあるのかなと思い読んでみた。うわーーーーーおもしろい、かわいい、ほめすぎだよ、・・・・・・・一気に読んでしまった。

「横山さんへこの前は高いふまんじゅうをありがとう
ございました。ぼくのともだちは、おいしいから
ささの葉っぱまで食べてしまいました。それでも
おいしいねーといってたべていました。またおいしい
ふまんじゅうをどんどんつくってください。」


「おいしいふまんじゅうありがとうございました。
とてもおいしかったです。またふまんじゅうがもう
一どたべたいくらいおいしかったです。ささの
葉がいいにおいがしてますます、おいしくなりました。」


「3年生だけにふまんじゅうくれてありがとうございました。
きゅうしょくでふまんじゅうをたべたらすごくほっぺが
おちそうぐらいなおいしさがあってとてもうれしいです。」


「ふまんじゅうありがとう。わたしは横山さんのお店
にいったことはないからはじめてですがあんなに
おいしいのはたぶんもういっしょうたべれないと
おもいます。うんどうかいきてね。」
           

          
          
3年生のみんなありがとう。おじさんとってもうれしかったよ。

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凧作り教室---空飛ぶこいのぼり

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中学と高校がいっしょで東京から帰郷した同級生がいる。名前は、野村政司君。5年ぐらい前、彼を誘い高校時代の同級生数名と飲んだ。席上、趣味でずっと前からいろんな種類の「凧作り」をしていると聞き、私が少年指導委員をしており、少年の健全育成活動として小学校の授業で「凧作り教室」をしてくれないかと頼み引き受けてもらった。凧と言えばすぐ「やっこ凧」や「長方形の凧」を連想してしまうが、写真を見せてもらって「これが凧?」かと驚いた。


Tako12_5アンパンマンの凧の大きさを実感するために広げています。

Tako13_3しばらく横になり背筋を伸ばして休憩させていただきます。


 当初から、凧作り教室の窓口と授業での手伝いは、高知署少年係が中心となって行ってきたが、今年から江ノ口小学校では、江ノ口青少年育成協議会が主催者となり4年生を対象に野村君が講師で凧作り教室を年間事業の一つとして取り組む事となった。Tako14negaTako16negaTako13nega

 授業時間は2時限の90分だが、江ノ口青少年育成協議会に10分間時間をいただく事を了解してもらい野村君に「最近登下校でいろいろ事件が多いので高知署少年係の方に防止策、注意点を話してもらいたいが時間を10分間だけくれないか」と事前に相談すると、最後に凧を揚げる時間がなくなるのでそれは困ると言われ私も困ってしまった。毎年凧作りに時間をとられ凧を揚げる時間がないのを知っているので言いずらかったが、結局、学校に10分間延長してもらった。
 毎回野村君が授業時間内に終えるように一生懸命工夫して段どっていることや2月にやる凧作り教室が近づいたら風邪をひいて授業を休むようなことがあったら迷惑をかけるので、風邪をひかないように節制しているのを知っているので「凧を揚げる時間がなくなるし、時間内に終わらなくなるのでそれは困ると」と言われた時、防止策、注意点を話す事の大切な事は百も承知であるが・・・・・。もっと時間がほしい。それにしても2時限の90分はあっというまに来ますね。でも彼のその気持ちすごく嬉しいですね。懸命のその気持ち子供達にきっと伝わると思った。


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 今年2月の授業で、高知署少年係の方に10分間登下校の防止策、注意点を話してもらい、そのあと、こいのぼり凧の製作と凧揚げも時間内に無事終えることができた。

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 2月に江ノ口小学校で鳥の巣箱作りの授業をしてくれた大川村「木星会」の川村さんも野村君も私も同じ年の57歳で団塊の世代のおじさん達。それぞれ違った分野で生きてきたが、経験を生かし地域の皆さんと共に力を合わせて子供たちの健全育成活動に取り組んでいけたらと思っています。

{野村君から借りてきたいろんな凧の写真のせてみました。}


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野村君が美良布のアンパンマンミュ-ジアムで「やなせたかし」さんの眼前でこのアンパンマンの凧を揚げたことがありました。


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Tako3_1 場所:夜須ヤシィパーク


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どらえもんの頭の竹コプターがくるくると回るようになっている。

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アンパンマンやドラエモンの絵などは野村君が自分で描いている。

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Takko11_1 場所:夜須ヤシィパーク


Tako12_4 場所:仁淀川 


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Tako14_2 場所:夜須ヤシィパーク 

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場所:仁淀川  連凧の凧糸にこいのぼり凧の凧糸を結びつけていっしょに揚げている。


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場所:仁淀川  中央にいる3人の左端が野村君


野村君これからも引き続いてよろしくお願いします。ありがとうございます。感謝の一語に尽きます。

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西熊渓谷の水質、四万十川源流の水質、高知市の水道水の水質

 高知県香美郡物部村西熊渓谷の川の水を汲んできた。

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「以前胃の調子が悪い人が、山の水を飲んでいると、胃の調子が良くなってくる。」と聞いたことがある。山の水と水道水は、水質が違うのではないか。PH値を調べてみようと思った。

三嶺や西熊渓谷の水は、以前からひょっとしたらアルカリ性でないかと思っていていたが、確証がなかった。

 さっそく西熊渓谷の水を家に持ち帰って、アルカリ性と中性と酸性を見分ける液で水質検査をしてみた。
液を一滴落とすと、アルカリ性は青系、酸性は黄系、中性は、緑系の色に変化する。

 結果は、西熊渓谷の川の水は、青色で弱アルカリ性。(上流域や山頂付近は違うかもしれないが)。高知市の水道水は、緑色で中性。仕事で使用している四万十川源流不入山(いらずやま)の湧き水は、水道水と西熊渓谷の水の中間で緑色と青色の中間色になり、アルカリ性よりむしろ中性に近かった。

 当店が仕事で使用しているアルカリ性と酸性に分ける浄水器の4段階ある「1.飲料水用」の水質は、西熊渓谷の水と同じ色の青色で弱アルカリ性だった。アルカリ度によって濃淡の違いがあるが、西熊渓谷の水と浄水器の濃淡の色はぴったり同じだった。

西熊渓谷の水は、飲料水用に適しているのだろう。

 専門家でないのでよくわからないが、多分山の水やアルカリ性の水は、胃酸の分泌が強い人は胃酸の分泌を薄め胃腸の調子が良くなるのかもしれない。
 


大栃から三嶺登山口までの景色です。

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 久しぶりに高知県と徳島県との県境にある三嶺の登山口へ行ってみた。午後4時過ぎ登山を終えて下りてきた方に山の状況を聞いてみると、山頂近くの青ザレ附近は数年前の大雨で大きく崩れ昔の面影が無いとの事だった。


三嶺登山口の看板に 

「周辺では、ツキノワグマの生息が確認されています。
入山する際は、鈴や携帯ラジオ等で常に音を発し、急に出くわすことのないよう心がけて下さい。」と書いてあった。

この山だけは他の山と比べて比べようがない程何度も登ったが、クマに一度も遭ったことがない。
そのうちばったり出会うかもしれないが、それにしてもクマのことよりこの山の魅力にひきよせられて次から次へ登山者が入山して行く。


 来月の半ばごろから三嶺は美しい紅葉がはじまる。山頂付近のコメツツジの群生も色づいてきてとてもきれいになる。西熊渓谷には、サンショウウオが住んでいる。美しい景色と自然がいつまでも残っていてほしいものだ。


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高知市大川筋武家屋敷と土佐の偉い女将さん達

 高知市大川筋に武家屋敷がある。この武家屋敷を発見したのは、アメリカ人のロバート・ルークさんだ。見つけたと書かず発見したのはと書いたのは、この武家屋敷、時々配達で前を通っていたが、当時塀はグレー色のブリキの波板で中の様子が見えずまさか築150年ぐらい前の江戸時代の武家屋敷だとはとても思えなかったからだ。後で知ったが、ルークさんは、博士論文を書くため土佐の江戸時代の経済政策をテーマに資料収集のため高知にやってきて、日々山内家宝物館などで資料収集していたそうな。そんな中たまたま前を通りがかり発見したそうだ。現在は、アメリカで大学の教授をしている。


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 ルークさんと最初出会ったのは、もう20年位前で、高校の同級生で窯元であり陶芸店をしている森田芳博(陶名芳伯)君の店だった。(当時彼に親子陶芸教室など引き受けてもらっていたのでその用で店に行ったのだと思う。)森田君は、土佐藩御用窯だった尾戸焼の初代窯元森田久右衛門から数えて十一代目にあたり、ルークさんが資料収集のため訪れていたのだと思う。彼は家族ぐるみで土佐の昔からある火渡りなど珍しい風習行事があればルークさんを県内あちこちへ案内していたようだ。


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 後日ルークさんに頼んで、江ノ口小学校のゆとりの授業二時限を使って、5年生を対象にアメリカの大きな地図を広げて故郷の話などをしてもらった。


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 それからしばらくして、高知新聞にでかでかと大川筋に武家屋敷があると掲載された。発見したのは、ルークさんだと紹介され、高知市に武家屋敷は、唯一ここだけで保存しないといけないと訴えていた。所有者は、武家屋敷を解体してマンションを建てる予定だったようだ。


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 平成二年土地家屋調査士の柳生さんが会長になられて武家屋敷保存会が結成されたが、高知市議会で毎年毎年継続審議となり前へ進まず、こう着状態が続くこととなる。このあと長い保存運動が始まる。建物を建てた時、棟梁が屋根裏の柱に自身の名前と建てた年代を書くそうだが、文化庁の外郭団体の調査の結果、最大の決め手となる年代を書いた棟札が発見されなかったので、残念ながら江戸時代の建物だと決定づける物は見つからず文化的価値が低いと期待に反した評価を下された。

 ふすまの裏から江戸時代の台風の状況など書いた手紙が発見されるが決め手にならなかった。今は使い捨ての時代で紙を簡単に捨てるが、昔は、和紙は貴重品だったのだろう、手紙を捨てずふすまの下張りに使っていた。そのおかげで文章から当時の生活の様子が読み取れた。


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 武家屋敷保存会のメンバーは、建築関係の方、土佐史談会の方、大学教授、町内会会長さん等など各界の方だったが、途中から旅館ホテルの婦人部つまり女将さんが加わってきた。武家屋敷保存のためチャリティコンサートをしたり皆さん大変尽力された。


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 女将さん達は、仕事が忙しいのに保存会の会合には実にまめに出席していた。いつも笑顔がすてきな女将さん達だったが、特に今でも印象に残っているのは、ある女将さんが「みんな私達婦人部が保存運動をするのは、観光客にたくさん来てもらえば仕事になるから保存活動をしていると思っているかもしれないが、そうではない。これを保存しなければ、高知市に唯一存在する武家屋敷がなくなる。観光のためだというのは小さな視点からの考えで、そんなことちっとも思ってない。高知市唯一の武家屋敷をどうしても残さなければならないと思っているから保存運動をしている。」 と言い切ったのを聞いた時、笑顔の裏に土佐の女性のすごさと決意を強く感じた。


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 最終的には、武家屋敷保存会は解散し、新たに武家屋敷期成会が結成され、武家屋敷保存会のメンバーも期成会へ加わり、会長に商工会議所の入交会頭になっていただき大きく前進して行った。市議会で可決され、いたんでいる武家屋敷は解体修理され、高知市保護有形文化財となり、平成十年新たな武家屋敷のお披露目となった。
 今NHKの大河ドラマで「功名が辻」を放映しているが、女将さん達が現代版千代さんと言っても過言ではないでしょう。もちろん、武家屋敷保存会の皆さんや武家屋敷期成会の皆さん全員の尽力やもろもろの方のお陰で保存されたでしょうが、やはり陰でしっかり支えたのは、女将さん達でしょう。                            

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江戸時代の瓦には、一枚一枚造った職人の名前が印字されている。左の瓦が「小の」、右の瓦が「佐古」と印字されている。長屋門を入ると土塀がありその上の瓦にいろんな職人の印字名を見つける事が出来る。

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 大川筋武家屋敷所有者だった手嶋家は、江戸時代の敷地が西隣を合わせて約600坪あり(現在は約300坪)土佐藩の御馬廻り(おうままわり)つまり殿様の親衛隊で裏に馬小屋が多分あったのではと推測されている。本物の江戸時代の高知城周辺の古地図を見せてもらった事があるが、大川筋の今の場所に手嶋と書いてあった。


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 武家屋敷裏の小川の鯉。近寄ればエサをくれると思ってたくさん集まってくる。時々、麩をやっているが、
たくさん鯉が増えました。これからは、もっと錦鯉も増えればいいですね。

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 先日、城西館で食事をしていると、挨拶まわりをしている大女将さんに思いがけずお会いしご挨拶をした。武家屋敷保存会での会合でよくごいっしょさせていただいた。大女将さんに会い、武家屋敷のこと、女将さんたちのことが脳裏にふつふつと湧いてきたので、つれづれなるままに書いてみました。

武家屋敷の建築時期が江戸時代であると決定づける棟札は、柱を割った間に挟み込まれて書かれていた。文化庁の外郭団体が屋根裏などに入って柱の表面を徹底的に調べても見つかるはずがなかったですね。

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日本の名峰 おすすめの山50

11日、NHK総合テレビの深夜番組で視聴者が選んだ「日本の名峰 おすすめの山50」を放映していた。自分が登った山はいくつあるのかなと思い、メモを取りながら最後まで見てしまった。

1月から6月まで視聴者から4万通ぐらいの応募があり、最初いきなり1位が富士山だと紹介し、以下50位から順番に紹介していた。

選ばれた50の山の中で登った山は、8つあり、雑感を交えて列挙してみた。


43位 磐梯山(福島県)・・・・・・・・・・山頂から見た猪苗代湖や桧原湖はとてもきれい。
                      
28位 八甲田山(青森県)・・・・・・・・登山口は、上天気だったが、掲示板に山頂は
                      風速20メートルと書いてあったのでまさかと思い
                      登ってみると、掲示板の通りものすごい風で
                      視界不良。山頂につくやいなやあわてて下山。
                      新田 次郎著「八甲田山死の彷徨」の雪中行軍
                      事件のようにこの辺の山は 天気が急変する
                      地形かも。

18位 大雪山(北海道)・・・・・・・・・・黒岳から更に奥へ行ったが人に出会わず
                      静寂の中、残雪がとても美しかった。
                      本州と違った山の景色だ。
                      シマリスが人を恐れず、えさを手渡すと逃げず
                      口にいっぱい詰めて巣にもどり又帰ってくる
                      大忙しのピストン輸送。
                      動物に警戒心を与えず自然態の登山者が
                      多いからかも。

15位 宮之浦岳(鹿児島県)・・・・・・登山コースが三ルートあり、一番きついコースを
                      選び、登山道の傾斜がきつく赤ちゃんのように
                      ハイハイしながらあえぎあえぎ登った。
                      穂高なら上高地から一気に登れるが、屋久島の
                      この山は、標高は1936mだが海抜0mから登る
                      ので1日で山頂に登りきれず2日かかった。
                      樹齢7000年の縄文杉の大きさ、ウイルソン株の
                      空洞の中に入り(10畳ほどの広さ)屋久杉の
                      大きさに驚く。
                      (今は立入禁止になっているとか。)
                      いっしょに登った山口県の方とは、今年で年賀状
                      のやりとりが34年目となった。
                      
14位 羅臼岳(北海道)・・・・・・・・・・以前書いたが、登山後、青森の宿で同じ宿泊者
                      の方から全国の山は全部登ったが羅臼岳だけ
                      は、登ってない方に会った。
                      どうしてかと聞くと、登る前に熊に襲われて顔を
                      前足でかき払われえぐられ重傷を負った人を
                      見たからだそうだ。
                      ヒグマの三分の一が羅臼岳がある知床半島に
                      住んでいるそうで、この話を聞いていたら多分
                      登らなかっただろう。後に山の雑誌で私が登った
                      10日後に羅臼岳山頂近くの羅臼平でキャンプを
                      張っていた登山者の食料が熊に襲われた記事を
                      読んだ。熊のすみかへ行けば当然出くわすのは
                      当たり前で、ひょっとしたら登山途中茂みに
                      いたかも。知らぬが仏。冷や汗もんの登山だった。

5位 穂高岳(長野県)・・・・・・・・・・涸沢から見る前穂高、奥穂高、北穂高の
                      大パノラマは最高。
                      上高地-涸沢-北穂高-大キレット-槍ケ岳-
                      上高地のコースだった。

3位 大山(鳥取県)・・・・・・・・・・・・3位とは意外だったが、よくよく考えてみると
                      登りやすいし納得。斜面が崩れかかっていた。
            
 2位 槍ケ岳(長野県)・・・・・・・・・・宿泊した槍ケ岳山荘が放映されて懐しかった。
                      前日午後から雨だったが朝はすっかり
                      上がっており北アルプスの雄大な山容や
                      下方に見える雲海は圧巻だった。


ちなみに選ばれた50の山の順位は、次の通りであった。

  1 富士山 3770票
  2 槍ケ岳 2403票
 3 大山 2144票
 4 石鎚山 2100票
 5 穂高岳 1689票
 6 剱岳 1431票
 7 鳥海山 1350票
 8 八ケ岳 1120票
  9 白馬岳 1061票
10 大峰山 992票
11 立山 888票
12 北岳 879票
13 白山 871票
14 羅臼岳 870票
15 宮之浦岳 847票
16 早池峰山 835票
17 利尻山 827票
18 大雪山 728票
19 飯豊山 694票
20 霧島山 684票
21 木曽駒ケ岳 668票
22 阿蘇山 649票
23 常念岳 629票
24 赤石岳 624票
25 月山 623票
26 くじゅう 622票
27 鷲羽岳 619票
28 八甲田山 607票
29 鹿島槍ケ岳 600票
30 甲斐駒ケ岳 596票
31 御嶽山 593票
32 岩手山 592票
33 至仏山 488票
34 筑波山 477票
35 岩木山 458票
36 羊蹄山 455票
37 浅間山 416票
38 桜島 410票
39 開聞岳 409票
40 蔵王山 362票
41 高尾山 349票
42 由布岳 328票
43 磐梯山 317票
44 燕岳 316票
45 谷川岳 313票
46 三瓶山 299票
47 六甲山 296票
48 大台ケ原山 293票
49 燧ケ岳 273票
50 トムラウシ山 268票

 今振り返ってみるとこれら8つの山をよく登ったものだと思う。熊の危険もあったが、逃げ場の無い尾根で雷に出くわしハラハラしながら山小屋に逃げ込んだり、穂高と槍ケ岳の間の大キレットでバランスを崩して崖から落ちかけたり危ない場面がいくつかあったが、山のすばらしさは充分堪能できた。これからは、家内や友人といっしょにのんびりと近場の山で年相当の登山を楽しみたいですね。

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笹温泉-高知県香美郡物部村

高知市から後免(ごめん)、土佐山田、大栃を通って、左に折れ狭い道を行くと(高知市から約40キロ)笹温泉がある。土曜日、日曜日、祝日のみの営業で、最近この温泉があることを知った。さっそくどんな温泉か家内と行ってみた。狭い道に入るとこんな所にほんとに温泉があるのかと首をかしげながら進んで行った。しばらく行くと笹温泉があった。駐車場には車がかなりあり、外国人数名が帰ろうとしていた。温泉に入るつもりはなかったが、中はどんなになっているか見てみようと思い入ってみた。すぐ食堂があり、入浴して上がった方が何名かいた。若い夫婦ずれの方も何組かいた。

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食堂でひやしあめを飲んでいると家内が入ってみたらと言うので入るつもりがなかったが自分だけ入ってみることにした。どうせ温泉と名がついているが、谷川の水をひきこんで焚いているのだろうと思っていた。

 浴場へ行くため、食堂の戸を開けたとたんぷーーーんと温泉独特の匂いがしてきた。本物の温泉だ。浴場にはおじいさんと小学生のお孫さん二人が入っていた。縦1メートル横2メートルの木の浴槽に入りおじいさんが「登山帰りですか」と聞いてきた。意外に感じ「違いますが」と答えながら「ここの温泉は登山帰りの方がよく利用するのですか」と尋ねると土佐矢筈山へ登って帰りにこの温泉に入って帰っていくそうな。二十歳代から三十歳代の頃には徳島県の県境にある三嶺によく登ったので、この温泉を知っていたら帰りに少し寄り道して入れたのに残念に思った。
 おじいさんは地元の方で湯舟につかりながらこの温泉が昔からあったことなどいろいろ話してくれた。この辺でたまに鹿をみかけるそうだ。

 この温泉は、湯舟につかっていると温泉特有の肌がぬるぬるしてくるし、いい湯加減でもあった。登山帰りに入ると疲れもとれ気持ちいいだろうな。

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アイリッシュパブ「アモンティラード」尺八ライヴ演奏

 アイリッシュパブ「アモンティラード」で演奏会があった。ここで月一回ライヴ演奏しているようだ。ここは、はりまや橋のすぐ近くで、西隣が大丸東館、店の前に和食処司本店がある。夜仕事をしていたら急に誘われてばたばたと行った。今回何の楽器演奏か知らずに行った。

 ギター、電子ピアノ、尺八等の演奏だったが、特に気に入ったのは、ダニエルさんの尺八演奏で江戸時代の時代劇によく出てくる虚無僧が吹く「山越」の演奏が良かった。うっそうとして暗くシーーンと静まりかえった木立の間を一瞬のうちにササササーーーと駆け抜ける風の音を連想させる演奏だった。
ギネスとキルケニーのビールを飲みながら聞いた。
尺八での「サマータイム」の演奏も良かった。

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山越の尺八楽譜

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ダニエルさんの尺八演奏

 演奏終了後、ダニエルさんに演奏曲目で使い分けて吹いている3本の尺八を見せてもらった。吹いてみたらと言われたが、どうせ音が出ないだろうと思って手にだけ持ってみた。3本それぞれに尺八製作者の刻印が打ってあった。


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高知城お堀の水きれいになったと思いませんか?

時々、高知城お堀の鯉に「ふ」をやっているが、今日も裁判所横で花麩などをやっていたら、前と比べて随分水がきれいになったと感じるようになった。透き通るようになった。いいことだ。噴水みたいなのが所々にあり、この効果なのかな?。Koutijyou1

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鳥の巣箱作り

 今年2月、全国組織「おやじの会」の支援で、高知市立江ノ口小学校で高知県土佐郡大川村の「木星会」代表川村純史(よしふみ)さんを講師に招き5年生四十数名を対象に木の葉を使った「鳥の巣箱作り」の授業を行った。

 数年前から高知市内の小学校で木工教室をしてほしいとお願いしていてやっと今回実現した。大川村は、四国の水がめ「早明浦(さめうら)ダム」の上流に位置し、高知市の水道水の三分の一は、「早明浦ダム」の水に依存していて深い関係にある。早明浦ダムの水は、電力用送水管を通って高知市鏡ダムに流れ込んでいる。

 鳥の巣箱作りを始める前の十分間だけ時間を頂いて、登下校の際事件に巻き込まれるケースが起きているので高知地区地域安全協会の地域安全アドバイザーの方から防犯ブザーは常に所持し胸にかけていつでも鳴らせる状態にしておく事や、電池切れの無いように気をつける事や大声で「助けてー」と叫ぶ練習等々、短い時間ではあったが注意点を上手くまとめて説明してもらった。

 続いて、ランドサット衛星による四国の衛星写真を見せてOokawamura1
高知県は84%が山でおおわれており、間伐をしないとなぜ山の倒木が起きるのか、ヒノキと杉の違いOokawamura2
や針葉樹は切れば根が生えて来ず、広葉樹は枝を切っても切り口近くから根が生えて生き延びていくそうだ。だからヒノキや杉の針葉樹は最後まで人間が手入れして面倒見て上げないといけないが、現状は人手が無く荒れ放題の状態になっているとのことで、現状の倒木写真Ookawamura3Ookawamura11

を生徒さんに見せていた。健全な森は、光が地面に届くので明るく、間伐が出来てない森は、光が地面に届かずうっそうと暗く、下草が生えず、砂漠化し大雨が降れば根が浅いので倒木するとのこと。

 又、大川村では、お金ではなくどんぐりを全国から集め苗木を育て元気な森を育てるどんぐり銀行を開設し植樹祭を行っている。Ookawamura8Ookawamura9

川村さんがどんぐりから根が横に伸び葉が縦に伸びているのを見たら感動すると言っていた。植樹祭に行ってみたいと思った。

 巣箱つくりは、大川村の河原の流木の小枝を三角形に組み立て、貼った和紙の表面にボンドで葉を貼り合わせていけば完成する。巣箱の上にみかんなど果物を刺しておけば鳥がエサをついばみに来るそうだ。Ookawamura5Ookawamura6Ookawamura7


巣箱の中に電球を灯せば部屋のインテリアになるそうだ。時間内に出来なかったので後日の授業で完成させたそうだ。
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 川村さんと私は同じ年で団塊の世代の真っ只中にいる。お互い仕事は忙しいが何とか時間を作って子供たちに楽しい事や思い出に残る事をやろうと話し合っている。青少年の健全育成に少しでも役に立てればと思っていますが、ひょっとしたら的外れな自己満足で終わっているかもしれませんが・・・・・。このような事業ができるのは、川村さんはもちろん学校の協力、地域の青少年育成諸団体の方々、警察署少年係の方々のおかげです。感謝の一言に尽きます。

 川村さんとの話の中で彼が二十歳半ばにカナダとヨーロッパ全域の建築物を見るため遊学し、特に印象的だったのは、スペインのアンダルシア地方のガウディの代表作聖家族教会(サグラダ・ファミリア)で、何日も見続けたそうな。今は世界遺産となっているが、百数十年たった今でも未完成で建築中だとか。うまく言えないが曲線は心に安らぎを与えるそうな。駐車場も曲線を使った作りだったとか。日本では四角形が当たり前だが。Sagradafamilia33
都会で「木星会」木の葉の形のテーブルがよく売れているそうで、わかる気がした。

これからは、彼の体験を元に 木のぬくもりもいっしょに子供達に少しでも伝えればと思っています。

余談だが冒頭の「おやじの会」の組織が偶然わかった。
先日、少年指導委員の研修会が高知県警察本部であり、帰りに来月江ノ口小学校で行われる地域諸団体とPTAの合同企画で行われる「江ノ口まつり」の協力要請で高知署少年係に立ち寄った際、おみやげにポスターを貼ってほしいともらってきた。よく見てみると「おやじ日本」と書いてあり「おやじの会」の本部のポスターだった。ポスター下にホームページアドレスが書かれていた。数年前、阪神タイガースの星野仙一さんにも協力してもらっていたそうな。83と大きな数字があり、朝8時と午後3時の児童生徒の登下校に出来るだけ家の前に出て見守ろうと訴えるポスターだ。「江ノ口まつり」のポスターといっしょにさっそく門に貼った。
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ヴァイオリン・ピアノ デュオ・リサイタル

改装した酒蔵津野町「葉山の蔵」でモーツアルトのコンサートがであった。演奏者は、ヴァイオリンが石川静さん、ピアノが三木香代さん。世界を舞台に演奏活動をしているお二人だが、ヴァイオリンの音色がこれほど美しいとは、本当に驚いた。前列二列目に座ったので距離にして5メートルぐらい。かかとを立てたりしてのヴァイオリンの全身の演奏、ききほれました。ピアノは、名器・スタインウェイ。第11回ショパン国際ピアノコンクールで最優秀演奏賞を受賞した三木さん。すばらしい演奏でした。

最後、アンコールで演奏した「ユーモレスク」、小さい時からなじみの曲だが、流れるようなヴァイオリンの調べ、脱帽しました。


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コンサート会場上の酒樽

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終了後のコンサート会場

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葉山の蔵

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葉山の蔵の帰り道、田んぼのおたまじゃくしとアメンボウ

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明日の記憶

渡辺謙さん、樋口可南子さんの若年アルツハイマー病をテーマにした映画「明日の記憶」を観てきた。

東映の作品紹介で<ストーリー>を引用させていただくと以下の通りです。

広告代理店に勤める佐伯雅行は、今年50歳になる。ありふれてはいるが穏やかな幸せに満ちていた。そんな彼を突然襲う〈若年性アルツハイマー病〉。
「どうして俺がこんな目に……なんで、俺なんだ!!」。こぼれ落ちる記憶を必死に繋ぎ止めようとあらゆる事柄をメモに取り、闘い始める佐伯。毎日会社で会う仕事仲間の顔が、通い慣れた取引先の場所が……思い出せない……知っているはずの街が、突然”見知らぬ風景“に変わっていく。夫を懸命に受け止め、慈しみ、いたわる妻。彼女は共に病と闘い、来るべき時が来るまで彼の妻であり続けようと心に決める。「お前は平気なのか?俺が俺じゃなくなってしまっても」。一緒に積み重ねてきた人生をいつか忘れてしまうのだ。ひりつく想いでそう訊く夫に、彼女は静かに答える。「私がいます。私が、ずっと、そばにいます。」そして、幾度もの夏が訪れる……。〈記憶〉を喪失しても、なお忘れなかったものが、いつも美しい夕映えの空気に映えていた。


渡辺謙さんがお医者さんから若年性アルツハイマー病ですと宣告されたシーンで、となりに座っている男性のお腹が激しくグーーーーーーツ鳴っている音が聞こえてきた。別のシーンでも何度か鳴っていた。

人ごとでなく身につまされる映画だった。

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手のひらにいただく春の光かな

 数日前、NHKの四国版で俳句の番組があり、タイトルの句がふっと頭に浮かんで来た。松山市名誉市民・愛媛県名誉県民である柳原極堂の句である。

 4年間、学生時代を松山で過ごした。2年の時、「瓢百庵」という名のお寿司やさんでアルバイトをした。銀天街という名の商店街にあった。ご主人さんの名は、三井清さんで「川柳」を得意としていた。店の名のようにたくさんのひょうたんがつるしてあり、店の床に池があり鯉が泳いでいた。道後温泉のホテルで着物の展示会があり、昼食のちらし寿司の盛りつけをする数日のアルバイトであったが、以後、ずっとお付き合いさせていただいた。高知に帰省する時、「これから帰ります。」松山に帰ってきた時、「帰ってきました。」と店の入口の戸の間にちょこっと頭を入れてあいさつを繰り返していた。卒業してからもずっとお付き合いさせていただいた。三井さんがどのような方と交流しているか全く知らずに。
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愚陀佛庵
 


 卒業後、タイトルの句の年賀状をいただき初めて柳原極堂の名を知った。柳原極堂の熱烈なファンの三井さんは、副会長として「愚陀佛庵」(ぐだぶつあん)の再建に取り組んでいると手紙に書いてあった。手紙をいただいた当時は、変な名前でもあり何の建物だろうと意にも止めていなかった。何で尽力するのか理解出来なかった。

 最近、「愚陀佛庵」は、正岡子規と夏目漱石がいっしょに住んだ下宿だったと知った。「愚陀佛庵」(ぐだぶつあん)は、昭和20年松山空襲で消失し昭和57年松山城の下にある愛媛県立美術館分館の敷地内にある万翠荘内に無事再建された。実際に住んでいた場所は、松山市二番町にあったそうな。

 柳原極堂と正岡子規は同じ歳で東京へいっしょに遊学し、後に柳原極堂が松山で「ほととぎす」を創刊し、発行部数が足りず経営に窮した「ほととぎす」を正岡子規が引き継ぎ東京で「ホトトギス」として出版した。なぜ三井さんが再建に尽力されたのかがよくわかった。

 夏目漱石は、愚陀佛庵で過ごした十年後、『吾輩(わがはい)は猫である』で小説家としてデビューした。

 
 検索に出て来るかなと「瓢百庵」と検索してみると、どなたかのブログに三井さんの記事があった。私の知らない三井さんが書かれていた。そのまま掲載してみます。

「2004年01月  坂の上の雲ドラマ化に際して」
昨年2003年初頭には『坂の上の雲』のNHKドラマ化が決まり、松山市では記念館の建設を始めプロジェクトが動き出しました。
2004年に脚本、2005年に制作、2006年に放映の予定だそうです。(脚本家の都合により2007年以降放映に延期)
この作品は日露戦争を舞台にしており、あとがきには「この作品は、執筆時間が四年と三ヶ月かかった。書き終えた日の数日前に私は満四十九歳になった。 執筆期間以前の準備が五ヶ年ほどあったから、私の四十代はこの作品の世界を調べたり書いたりすることで消えてしまったといってよく、書きおえたときに、元来感傷を軽蔑する習慣を自分に課しているつもりでありながら、夜中の数時間ぼう然としてしまった。」とあります。
氏の最も愛する作品の一つであることは間違いなく、ご生前この作品の映像化は扱いを慎重にするように言われていたようです。
松山市長をはじめ松山市側の熱意がご遺族の周囲を動かし、実現にこぎつけたと聞いています。
昭和の文学の中でも屈指の作品といって良い「坂の上の雲」が原作の精神を失う事のない不朽のドラマに仕上がること期待しています。
ところで松山を舞台にした小説といえば漱石の「坊っちゃん」があまりにも有名ですが、その中で見えざる狂言回しをしているのが松山方言です。
いわゆる『なもし』言葉ですが、残念ながら現在は跡形もなく消えてしまいました。
有名な方言の中で最も早くなくなった言葉ではないかと思います。(日常に話されているのを一度も聞いた事がありません。)
そこで思い出したのですが、何十年も前NHKの『新日本紀行』という番組で、なもし言葉を守る会のことが紹介されたことがあります。
私の父も映っていると聞きました。その会は今はなくなった瓢百庵というお寿司屋さんで行われていたと思います。
(NHK関係の方が良く利用されていました。)
ここのご主人の三井さんは今思い出しても一流の文化人でした。
そこには野球拳を作った前田伍健さんをはじめ、村上壷天子さん、有馬白陽さん、富田狸通さんなど昭和後期の松山俳句界の通人達が集まっていました。
(というのも父がその末席に参加させて頂いていたので、その方々の色紙が結構私の家にもあります。)
昔は京都弁も裸足で逃げると言われていた、ゆったり、のんびりした「なもし言葉」ですが、
現在なもし言葉と言われて時々聞くものは本来の姿とは違うのではないでしょうか。
というのも、その三井さんのところでお寿司を食べていた時、ご主人がすばらしく優しい感じの「なもし」を最後に付けられたのを覚えているからです。
飄々とした中にも暖かいものを感じて今でも鮮明に覚えています。
ドラマの台詞が単になもしを最後に付けただけの松山方言にならないように願ってやみません。


とあった。三井さんの言葉の受け応えがやわらかい伊予弁だったので納得です。

タイトルの


手のひらにいただく春の光かな


この句は、よく手紙に書いてきてあった。

柳原極堂87歳の句である。何歳で作った句かずっと知らないでいたが、高齢でないと作れない味わい深い句だと思った。ひろげた老人の手に春の光がやさしくふりそそぐ姿が心にジワーッと伝わってくる句だ。春の光をいただく感謝の気持ちが伝わってくる句だ。勝手に届く光より、いただく光はきっと心まで届き、あったかく感じたことだろう。

また三井さんは


こころざし富貴にあらず老いの春


という柳原極堂の句をよく手紙に書いて来ていた。老人は、富んだものでも貴いものでもありません。ちょっとした心づかいが嬉しいものなのですと。気遣いとても大事なことだと思う。私は、逆に三井さんの大きな心と気遣いで長くお付き合いさせていただきましたが。


 瓢百庵と柳原極堂 柳原極堂と正岡子規 正岡子規と夏目漱石と愚陀佛庵 愚陀佛庵と瓢百庵 数十年の時を経てそれぞれの関係がやっとつながった。


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ストリートダンス全国大会

ストリートダンスの全国大会が高知市中央公園であった。各地の予選を勝ち抜いてきた若者がステージで激しく戦っていた。おもしろい。実におもしろい。少しだけ見るつもりがずーっと見てしまった。ベスト16からベスト4まで見てしまった。すっかりストリートダンスのとりこになった。うまく言えないが激しい動きの体操選手と曲芸師を組み合わせたような演技なので、思わず拍手をしたり声援を送ったりして夢中で見た。周りの観客をよくよく見てみると、若者ばかりでおじさん達やおばさん達はほんの少しで(ほとんど見あたらない)家内と顔を見合わせて思わず苦笑いをしてしまった。
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小津神社安全祈願

 午後一時半、歩いて10分程のところにある小津神社に交通安全協会江ノ口分会会長さんの呼びかけで交通指導員、地域安全協議会会長、江ノ口社会福祉協議会会長、一ツ橋小学校・江ノ口小学校・江陽小学校の各校長教頭先生、各校のPTA会長等地域活動をしている総勢二十八人が集まって地域の子供達や地域の皆さんの交通安全祈願・地域安全祈願をしてきました。

 以前は、年初に主に地域の子供たちの交通安全祈願をして来たが、昨今は思いもよらない事件が相次いで起こっているいるので地域の安全祈願も行うようになった。すばやく連絡できるよう電話による地域の連絡網を作るたたき台が出来ていた。事件事故を防ぐためにも地域の住民が密になることが重要になってきた。

 今年一年地域の子供達や地域住民の皆様が交通事故や事件に巻き込まれませんように。胸いっぱい息を吸い込んでお祈りして来ました。いよいよ一年の始まりです。
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ネパールの赤ひげ

 「ネパールの赤ひげ」ともたたえられ「アジアのノーベル賞」いわれるマグサイサイ賞を受賞した医学博士の岩村昇さんが昨年の秋、亡くなられた。78歳。

 もう15年以上前だろうか、たまたまテレビで岩村さんがネパールで地域医療をしていて、草の根のポーターが結核にかかったおばあさんを三日三晩かかって病院に背負って運ぶ話をしているのを聞いて胸が熱くなったことを思い出した。以後、テレビやラジオで何度か講和を聞く機会があった。

 話の内容は次の通りである。

 ネパールで地域医療活動をしていたある日、頭に母親が吐いた血がべっとりついた骨と皮になった赤ん坊が運ばれて来た。一目見て母親が結核患者だとわかった。母親は、一ヵ月後に亡くなり、岩村さんがこの赤ん坊を引き取った。感染源は、この母親の親であるおばあさんで結核を根絶するため何とかして町の病院へ連れて行かなければならなかったが、ちょうど収穫期で運んでくれる者が無く困っていた。ちょうど草の根の若者のポーターが通りがかり、事情を話すと自分が運んでいる荷物を知人に預けておばあさんを背中に背負い三日三晩かかって幾つもの山を越え町の病院へ運んでくれたそうな。

 運んでくれた報酬を払おうと若者に「いくら支払えばよいか」と聞くと「いらない」との返答だったので、「えっなぜだ」と驚いて聞き返すと「共に生きるためだ」「自分には若さと体力がある。おばあさんには体力が無い。自分の余っている体力と若さをおばあさんに使わせてもらった。だから報酬はいらない」「このような事にお役に立てた事を逆に感謝している」と言って、預けていた荷物を取りにはだしで元来た道を帰って行ったそうだ。岩村さん自身この若者の行動に大変感激し、ネパールが大好きになったと笑顔で語っていた。

 岩村さんは、その後、この若者や地域の崇高な精神を広げたいと思い、アジア各国、アフリカ、中南米諸国、タイ、フィリッピンで医療活動を続けた後、国際人材開発機構(IHI)を設立。塾頭として各地域で中核となる草の根リーダー育成に尽力された。

 ネパールで六人の孤児を引き取って育てられ、広島で被爆しているので普通の人の三分の一しか体力が無いのに頑張ってこられた事に頭が下がります。

 岩村さんが人間の本当の生き方や幸せとは、共に生きるために分かち合って弱き者に手をさしのべることではないかという主旨のことを述べていたことが、いつまでも私の心に残っている。心よりご冥福をお祈りします。

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風樹の嘆

 何ヶ月か前、東京の社員寮で高校一年生による両親殺害事件があった。日々に社員寮の手伝いをさせられる事への不満をつのらせ父親と衝突を繰り返していたようだ。親の立場、子供の立場で見解が大きく違ってくる。親の真意は子供になかなか伝わらないし子供の気持ちを十分くみ取ることが出来ぬまま悲惨な結果となってしまったのだろう。親の立場になった時、子供の時に理解出来なかったことが少しづつ理解出来るようになってくる。その落差を双方が埋める事が出来ぬまま事件は起きた。

 高知新聞朝刊の一面目下段の「小社会」(朝日新聞でいえば天声人語にあたる)に次のような記事があった。

ある年齢に達したお年寄りを山奥に捨てるという姥捨山(うばすてやま)伝説。それにまつわる、こんな話がある。▼息子に背負われたおばあさんは、道すがら手を伸ばしては小枝を取り、山道に落とした。それを見た息子は、いずれ山奥から家に帰ろうとして道しるべを作っているに違いない、と思った。「帰ろうとしても駄目だよ」そう言う息子におばあさんは答えた。「いや、帰りやせんよ。ただ、お前が帰るとき道に迷わんようにと思ってな」
▼実際にあったかどうかは分からないが、親の情は伝わってくる。大抵の親はわが身は削ってでもできるだけのことは子どものためにしようと思っている。時に言葉や態度ではうまく表現できないこともあるが・・・・・・・
▼一ヶ月前に東京の社員寮で起きた両親殺害事件。取り調べに対し高校一年の少年は、当初、多忙な両親との生活に不満があったと述べていた。残忍な犯行に至るまでの心の軌跡にはまだ謎の部分が残るが、親の愛情を十分には感じられなかったようだ。
▼ところが・・・・・・。その後の調べで自宅から預金通帳が見つかった。名義は少年。母親が内証で作っていた。額は約二十万円。決して楽ではない暮らし向きの中から、何かの足しになればとこつこつ貯めていたのだろうか。捜査員から通帳を見せられた少年は、涙を流したという
▼「風樹の嘆」親孝行をしようと思えるようになった時、既に親は亡くなっていることが多いという。まして今回の死は通常の形でない。その嘆きは余人の想像を超える。

と新聞記事に書いてあった。

「風樹の嘆」
辞書で調べて見ると「ふうじゅのたん」と読み、じっとしていたいと思っても、風の方が吹くのをやめてくれないから、いつまでも静かになることができないという木の嘆きの意味から、親孝行をしようと思っても、その時まで親は生きていてくれないというままならないことへの嘆きを表わすことば。
樹静かならんと欲すれど風やまず、子養はんと欲すれど親待たず

と辞書にあった。

 かつて王監督がホームランの大記録をうちたてた直後のインタビューで「丈夫な体でこれまでやってきて、大記録が達成できた。丈夫な体に生んでくれた親に感謝している。」という旨の事を言っているのを思い出した。
歳を重ねるごとに若い時に理解出来なかったことが少しずつわかってくる。
「風樹の嘆」にならぬように、親に感謝し大事にしたい。青少年育成活動にも微力ながら尽くしたい。


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あいさつ

 昨日、午後、自宅前で学校帰りの小学生と目が合って「こんにちは」とお互いあいさつをした。目が合った時、私は小学生の顔は知らないが、小学生の子は私を知っているように見ていたので、ああそうか今朝、自宅前の江ノ口小学校の朝礼で私を含めて8名が地域でお世話になっている方々として全校生徒の前で紹介されたからだなと思った。その子は顔を覚えていてくれたんだと思った。それと日々家庭でも学校でもあいさつするよう教えているのだろうと思った。
 
 このことを家内に話すと、10月30日馬路中学校へ氷彫刻の講和と実演で氷を運ぶため家内といっしょに行った時、予定より早く着いたので氷彫刻をする蝦名さんと私が校長室で校長先生と話しをしている間、家内が村を散歩した。家から出てきた人やすれちがった人が先にあいさつしてくるので少しとまどったそうだ。街では知らないとあいさつをしないので。馬路村のいいところだと思った。

 

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起震車で震度6~7を体験

 7月23日午後4時35分東京で最高値震度5強の地震があった。同時刻に起震車で震度6~7の体験をした。この震度となると冷静にガス栓を止めたりすることはとても無理で、その場で揺れを待つしかないと思った。とにかく歩くことが困難だ。南海大地震ではこの揺れが1分以上続くそうだ。

 自宅前の江ノ口小学校で地域の諸団体が中心となった江ノ口まつり実行委員会が主催し、PTAが後援で子供たちのために江ノ口まつりが行われた。小学校の児童鼓笛隊がまつり前に校区内をパレードし、グラウンドでまつり開始時の午後5時から校区内の愛宕中学校の吹奏楽部が演奏し、続いて高知民謡クラブの踊りややぐらでフラダンスなどが行われた。夜店もミニステーキ、フランクフルト、そうめん、おむすび、うどん、やきそば、やきとり、枝豆、フライドチキン、フライドポテト、生ビール、缶ビール、ジュース、アイスクリーム、かき氷、だがし、わたがし、金魚すくい、こままわし、ゲームコーナーとたくさん出ていた。

 起震車は、江ノ口まつりのために江ノ口消防分団がお世話くださり、昭和23年の南海地震と同じ揺れをまつりが始まる前の試運転で体験させてもらった。まつりが始まって子供たちもたくさん体験していた。必ず来る南海地震の貴重な体験となりました。

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そうかな

 小田和正が新しいCD「そうかな」を出した。「自己ベスト」のCDも良かったが、今回もいい曲が多くあった。3の大好きな君に 5のRe 7のたしかなこと 9の明日 10の風のようにうたが流れていた が良かった。同じ団塊の世代なので共通する感性があるかもしれない。それにしても澄みきったきれいな声だ。すばらしい。

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登った2つの山が世界自然遺産に

 知床半島が世界自然遺産になった。33年前の7月、知床半島の岩尾別から羅臼岳(1661m)に登り羅臼へ縦走した。岩尾別にある登山事務所で登山名簿を書いていると事務所の方に羅臼岳から羅臼までの登山道は雪渓で道がわかりずらいので引き返してくるように言われた。

 岩尾別から登り始めると知床五湖が見えその向こうに灰色がかったオホーツク海が果てしなく見えた。聞こえるのは、心臓の鼓動とカッコウの鳴き声だけだった。とにかく静かだった。それとそこでは時間がゆっくり動いているように感じた。

 山頂について羅臼岳から岩尾別に引き返すように言われていたのでどうしようか迷ったが、思い切って羅臼に下ることにした。事務所で言われたとうり雪渓で道がわかりずらく雪渓ですべって転びながら下った。懐中電灯を持っていなかったので日が暮れるまでなんとかして羅臼にたどりつかないと困るので必死になって下った。日が暮れる夕方7時にやっと羅臼にたどりついた。今でも当時のままで美しい雄大な自然がそのまま残っているのだろう。世界遺産になって本当によかった。

 登山後、青森の宿で同じ宿泊者の方から全国の山は全部登ったが羅臼岳だけは、登ってないと言い、どうしてかというと登る前に熊に襲われて重傷を負った人を見たからだそうだ。ヒグマの三分の一が知床半島に住んでいるそうでこれを聞いていたら多分登らなかっただろう。後に山の雑誌で私が登った10日後に羅臼岳山頂近くの羅臼平でキャンプを張っていた登山者の食料が熊に襲われた記事を読んだ。熊のすみかへ行けば当然出くわすのは当たり前で、ひょっとしたら登山途中茂みにいたかもしれないと思ったりした。冷や汗もんだ。

 この年の10月、九州最高峰屋久島宮之浦岳(1936m)に登った。こんなに険しい山は、日本ではあまり無いのではないかと思う。一日では登りきれないので2日かかった。下山途中でっかい岩のような杉に出くわした。手で触りながら木の回りをまわった。縄文杉である。樹齢7000年ともいわれている。今は木の回りにロープをして根を踏まれないようにしているが当時は登山者も少なくロープなど何もなかった。

 屋久島も世界自然遺産となった。偶然だが登った2つの山が世界自然遺産となった。押しかけて行って自然を壊さないように祈っています。

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大隈寿男トリオ&矢野沙織JAZZLIVE

 昨夜、高知市北本町にあるジャズ喫茶「アルテック」でジャズライブがあった。大きなホールの演奏と違って小さなホールなので間近で聞け熱気ムンムンの楽しい演奏会だった。ドラムが大隈寿男さん、ピアノが吉岡秀晃さん、ベースが古野光昭さん、アルトサックス矢野沙織さんだった。

 ドラムの大隈寿男さんは、今年一月、日本ジャズ界最高の栄誉とされる第30回南里文雄賞を受賞し、年齢は61歳。ベースの古野光昭さんは、40歳代?50歳代?。ピアノの吉岡秀晃さんは、45歳。アルトサックスの矢野沙織さんは、18歳。世代を超えた見事な演奏だった。自然とつま先でリズムをとりながら聞きいっていた。

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青少年健全育成、出来る事から始めていく

一昨日夜、高知署で高知市内地区の少年補導員総会があった。

概況説明の中で平成16年高知県の窃盗犯・粗暴犯・凶悪犯などの刑法犯少年の非行率が全少年(6歳~19歳)で全国2位、小学生全国2位、中学生全国2位、高校生全国12位というよろしくない結果だった。(非行率:少年人口1000人当たりに占める刑法犯少年の割合)

高知県の中でも検挙・補導状況は、高知市、南国市など県中央部を管轄している高知署、高知南署、南国署で75%を占めていた。その中でも高知市内が66%占めていた。

刑法犯少年の中で窃盗犯が6割強と最も多く、中学生・高校生が7割強占めていた。

刑法犯少年の年齢別では、15歳以下が過半数を占めていた。

非行歴・補導歴の状況は、約5割の少年が再非行であった。

今、健全育成・非行防止を目的に高知署少年係を窓口に小学校で氷彫刻を実施して来ましたが、これらの悪い数字を念頭に置いて新たな気持ちで地道に活動せねばと思いました。どこの親も我子がすくすくと健全に育ってほしいと願っています。よく学校・家庭・地域が一体となって取り組まないといけないと言われますが、言葉で言うのは易しいですが、実際に実行して行くのはなかなか難しいのが現状です。

先日NHKで全国的に「おやじの会」がPTA組織と別に学校で広まりつつあると放映されていました。学校・地域で青少年犯罪が起きていますので、いい傾向だと思いました。父親が紙飛行機を子供たちといっしょに折って飛ばしていました。難しく考えず出来る事から始めることだと思います。子供と接する場作りはコミニュケーションを図る上でとても大切だと思います。小さな小さな積み重ねが大きな力となるはずです。当たり前の事ですが。親は仕事全力投球の毎日のなかで、時間を割くということが、いかに大変かわかりますが・・・・・。

 


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高知県大川村どんぐり銀行

高知県で一番小さい村が土佐郡大川村で、そこにどんぐり銀行がある。先日、大川村で家具や子供の木工おもちゃなどを作っている木星会代表川村純史さんと自宅前の高知市立江ノ口小学校へ木工教室を開いてもらえないかとお願いに行って来た。木工教室は、氷彫刻と同じ健全育成活動の一つで、川村さんに数年前から木工教室開催のお願いをしていて、やっと実現の方向へ動き始めたところです。小学校で木工教室の説明をする中で、どんぐり銀行の話があった。全国の方に、どんぐりを大川村に送ってもらい、苗木に育て、植樹してもらう仕組みだ。どんぐりが芽をだして苗木になったのを見ると感動すると彼が言っていたのを聞いて植樹祭に行ってみたくなった。


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高知県大川村 木星会川村純史さんが手に持っているのは、工作教室で作る予定のカブトムシとクワガタの完成品 高知市立江ノ口小学校にて

木星会のホームページから彼の熱い思いが語られているので、引用させてもらいます。長い文章になりますが。

「後生に伝えたい手づくりによる物づくり」

■「もったいないと言う発想からの産業」


現在人口589人高齢化率43%、高知県で一番人口の少ない村、この大川村に戻ってきたのは、1980年の夏だった。大阪の大学で建築を学び、その後大阪や高知市内のデザイン会社に勤めた後にUターンした。懐かしい故郷で最初に目についたのが、見渡す限り杉や桧の人工林。よくぞこれ程植林をしたものだと感心するほどに。伐り出された木材は集積所付近や道端など山のあちらこちらに積み上げられていて、そのまわりでは、根曲がり材といわれる木の根っこが放置されていた。市場価値がないために、谷間や河川、道淵に捨てられたそれらは、ゴミ扱いされていた。
 50年も経った木がもったいない、と根曲がり材を眺めていると、背イス等のデザインが浮かんできた。この廃材を利用して木工品を作れば、この過疎の村にも産業ができ、村全体がきれいになれば一石二鳥ではないか。そうして、仲間に呼びかけ、出来たグループが木星会である。

■「杉から生まれた木のものたち」

小さな鋲から家具に到るまで、現在、250点余りにも及ぶ作品はほとんどが杉材だ。製材所で一般的に捨ててしまう部分をメインに使うのが木星会の特徴であり、得意とするところ。
木は生き物で再生できる唯一の資源、扱い方には神経を使うが、木を理解して使っていけば、こんなに素晴らしい素材は他にはないと思う。
 実際の制作に当たっては、使う人々に木の持つ素材感や温かさなど手づくりのあじを知ってもらうために1人の職人が最初から最後まで仕上げることを基本にしている。
 又従来の家具や遊具の概念を取り外した作品群を目指していて、例として、家族の様なキリンやシマウマ等の動物型の家具。自然界のことを知ってもらいたいという願いから「葉っぱの形をしたテーブル」や「どんぐりのテーブル」。宇宙に興味を持つために「星のテーブル」や「月のテーブル」。エネルギーのことを自分自身で体験できる「木のゴーカート」や親子の対話ができる「木の木馬」。遊ぶことで学ぶことができる「シーソー」や「ブランコ」。自分の姿勢が正しいかどうかが分かる三本脚の「イス」などそれぞれの意味合いを持たせている。

■「どんぐり銀行」設立

大川村は以前には四万十川に匹敵するとても素晴らしい大河、吉野川が流れていた。しかし、昭和47年に西日本で最大の早明浦(さめうら)ダムができることによって、村の中心部はダム底に沈んでしまった。支流には昔のままの美しい河川もみられたが、ダムができてからは砂がダムに流入するのを防ぐための砂防堰堤が公共工事の名のもとに行われている。今やほとんどの川は寸断され魚の遡行は阻められ、魚影は消えた。子どものころ遊んだあの美しい川は、もはや過去の世界になっている。
 その大きな要因として、国や県の指導で山の形態が変わる程の杉桧植栽事業がなされた人工林がある。木材価格の低迷による手入れ不足が重なり、年中緑葉であるこれらの木々の下には下草も生えない。砂漠化された山からは、大雨が降ると多くの土砂が流出する。砂を止めるために砂防堰堤を作ってみても、山の整備をしなくては永遠に砂防堰堤を作らなくてはならないという、意味のない無駄な作業が続くばかりだ。建設、土建業者の失業対策事業と言われてもしかたがない。
 山に対する危機感から、村に広葉樹の森を取り戻そうと、村内の子供からお年寄りまでが2,170本の広葉樹の苗木を植えるところから始まった「村民の森」造りも今年で11年目。今では見上げるようなぶなや樫の森だ。この森造りをもっと多くの人たちに、と始まったのが「どんぐり銀行」。一粒のどんぐりからできることがあると、日本中の人々に呼びかけた壮大な試みだった。

■みんなで造る森

どんぐりを集めて豊かな森の国をつくろう。拾ったどんぐりを「どんぐり銀行」に持っていくと、それがお金のかわりになって、通帳を作ってくれる
大川村は、「どんぐり共和国」に生まれ変わったのだった。この国の通貨はもちろんどんぐり。貨幣単価は、こなら、あらかし、うばめがしなどの小さなどんぐりは一つ”一どんぐり”くぬぎやあべまきなどの大きいものは”十どんぐり”。貯金の払戻は原則として苗木で、百どんぐりで苗一本がもらえるしくみ。その苗木は自分の家の庭、学校、公園などに植えてもいいし、植えるところのない人には、大川村の植樹祭に、村民の森に植えてもらってもいい。
 以来、石川県や香川県など他県からも、毎年植樹や下草刈りなどの作業に多くの子供たちが訪れている。いくつかの企業にもこの運動は広がり、広葉樹の森は年々広がりつつある。村に送られてくるどんぐりも数十万個にのぼるようになった。

■夢を生む新たな仕事

送られてきたどんぐりは、虫食いや腐ったものを除けば、多くは発芽させて苗木を作ることができる。この苗木作りを山間地で生活をしている人々や高齢者の方にやってもらったらどうだろう。昔植えた経験もある、特にお年寄りには物を作る喜びと収益が得られる生きがいのある仕事になるだろう。その第一歩として、現在、どんぐりは「ふるさと村公社」で種類別に植えて発芽成長実験に取り組んでいる。
 こうして発芽させた苗を「村民の森」だけではなく、できるだけ多くの山に植え広葉樹の森を広げていきたい。とはいえ、杉桧を経済林として生活している林業者にとっては無理な注文かも知れない。ならば、河川の上部、斜面の50メートル位までの人工林を雑木林に戻せないだろうか。

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ブナ林

 ぶなや楢、くぬぎなど広葉樹の根は地中深く入るために土砂をおさえ、落葉樹であるために葉が落ち、それらを栄養として魚の餌になる虫などが繁殖し、下草やコケなども多く生える。これらはスポンジの様な役目を果たすから、大雨の時でも土砂などを極力流さない。土台ががっちりしていれば、上部に群生する杉桧の植林に対しても、未然に崩壊を防ぐことができる。
 河川の上部斜面への広葉樹植栽事業は地域産業として成り立つし、どんぐり銀行の種子からの苗床、植栽、育林という産業態勢ができれば、将来的に災害に強く、そこに住む全ての生物にやさしい環境が出来るはずだ

■子供たちの未来に

20世紀は多くの自然破壊をしてきたが、21世紀の新たな想いとして、手間隙をかけて自然に戻していく産業を考えていかなければと考えている。荒れたまま放置された山々、寸断された河川、これ以上必要でないコンクリートづめの公共工事など課題も山積するが、一つ一つ解決することで、子どもたちの未来に、プレゼントが増えてくるのではないだろうか。
 今この時間にも植樹された木々は着々と成長をを続けている。いつかは見渡すような美しい森、多くの生き物たちがささやかに生を営む、豊かな森を夢見て・・・。


以上が川村さんの熱く強い思いですが、彼とは同じ年で団塊の世代です。江ノ口小学校の授業でたこ作りをしている野村君も高校の同級生で、一回り若い氷彫刻の蝦名さんと団塊の世代のおじさんたちがガッチリ組んで一つでも多く子供たちによい思い出づくりが出来、すくすくと育ってくれればと願っている次第です。

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店主土佐のおすすめ店「吟座於傳」さん11周年記念宴

5月27日店主土佐のおすすめ店「吟座於傳」さんの11周年記念宴が高知新阪急ホテルであった。何百人も出席していた。

能登杜氏四天王を囲む宴 名人たちと酌みかわす、珠玉の美酒と題して大吟醸ばかりテーブルの中央に並べられていた。出席者「常きげん」鹿野酒造杜氏農口直彦 「天狗舞」車多酒造杜氏中三郎 「満寿泉」桝田酒造店杜氏三盃幸一 「開運」土井酒造場杜氏波瀬正吉と当日のパンフレットに書いてあった。

隣の席の方は、沖縄を除いて全国へ足を運んで日本酒を飲み比べしたそうで、持ってきたかばんの中から杜氏農口直彦さんの書いた本をとりだし、舞台近くに行って直筆のサイン農口直彦と書いてもらって席に帰ってきた。隣の席の方いわく、農口さんは、杜氏としては人間国宝に匹敵するすごい方だとのこと。パンフレットには、全国清酒鑑評会において連続12回、通算24回の金賞受賞に輝き、近々、ルイ・ヴィトン社からリリースされる純米酒「Kiss Of Fire」が、話題になっていると書いていた。

その農口さんが私達のテーブルに来たのでワイングラスに大吟醸「常きげん」をそそいでもらっていっしょに写真を撮らせていただきました。
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日ごろ、日本酒を飲まなくなったが、この日、隣の席の方が、それぞれの土地に行ってその土地の食材でその土地の地酒を飲むと本当においしいと言ったのが酒といっしょにまろやかに心にしみわたった。

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氷彫刻

 5月22日、自宅前の高知市立江ノ口小学校で日曜参観日の1時間目と2時間目の授業に平成10年第27回全国氷彫刻展夏季大会で優勝した蝦名彰人さんに「氷彫刻の講和と実演」をして頂いた。

 今回で14校目となります。氷彫刻受付窓口は、高知署少年係で少年の健全育成を目的にイベントとしてではなく全て授業として行ってきています。

 成功するためには、3つの鍵(キー)が必要で、1つ目は、やる気(キー)の鍵、2つ目は、根気(キー)の鍵、3つ目はラッキーの鍵。ラッキーのとびらを開けるには、やる気(キー)の鍵でとびらを開け、次にこ根気(キー)の鍵で順番にとびらを開けていかないと3つ目のラッキーのとびらは開かないよと蝦名さんは生徒さんたちに語っている。

 生徒さんたちには、これからの人生努力を重ねても報われないことがあるかもしれないが、くさらずそれぞれの夢や目標に向かってラッキーのとびらを頑張って開けてほしいと願っています。また、県下に22名いる少年指導委員の一人として健全育成に少しでもお役にたてればと思っています。
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「スーパーキャッチ」

http://dokodemo.cocolog-nifty.com/blog/2005/05/post_1fd1.html

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土佐四万十川青のり

 麸まんじゅう 笹巻き(こしあん)に使用している土佐四万十川産すじ青のりが、先月、川漁師さんからやっと届いた。川漁師さんがなかなか良い青のりが無くって延び延びになってしまいましたとのこと。

 四万十川の青のりの収量も年々落ち込み全盛期の2~3割とか。山からの栄養分が低下しているのだろう。高知の山林面積は83~84%で日本一だそうだ。山を大事にしないと川がだめになる。川がだめになると海に栄養分が流れていかないから魚の漁獲量が少なくなる。高知県東部にある東洋町の漁業組合は山林を買って保全につとめている。お互い関係無いようにみえて大いに関連しあっている。

 今、川漁師さんから届いた風味ある青々した青のりで麸まんじゅうを作っている。川漁師さんに感謝しつつ、こんな材料を使って造れることをありがたく思っています。

 当店の麸まんじゅう5種類の中だったら、生麸の生地にこの青のりを練りこみ、四万十川源流水で丹波大納言小豆を炊いて作ったこしあんを包んだ麸まんじゅう笹巻きをおすすめします。つるりとしたのどごしのおいしさは格別です。ぜひ召し上がってみてください。

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麸まんじゅう 笹巻き


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国宝「古今和歌集巻第廿(高野切本)」一巻・五つ葉のクローバー・Shall we ダンス?

 以前、7億円の古今和歌集 山内家から県が購入と報じられ当時他の事に税金を使うべきでないか等々言われていたが、今日5月8日が現物公開の最終日との事だったので高知県立文学館に見に行ってきた。
 国宝「古今和歌集巻第廿(高野切本)」は、古今和歌集の現存最古の写本だそうだ。「高野切」という名称は、豊臣秀吉が高野山文殊院の木食応其に贈った古今和歌集巻第九(現在、大阪・湯木美術館蔵)が、永く高野山に伝来していたことに由来するものらしく、元来それと一揃いであった古今和歌集の写本が高野切と称されているそうな。
 現存している高野切のうち、一つの巻が完全な形で残っている巻は、巻五・巻八・巻二十の三巻だけなそうな。
書写年代は11世紀半ば頃(平安時代後期)でかな古筆の名筆中の名筆でわが国が世界に誇る国宝との説明だった。
 貴重な「古今和歌集巻第廿(高野切本)」堪能させてもらいました。県が非難をあびながら必死で求めたはずだと思った。文化財は、価値観の問題で、価値がないと思う人には税金の無駄使いにしかうつらないだろうなと思った。

 午後、木のベンチのまわりにたくさんのクローバーが生えていて座った途端、なにげなしに四葉のクローバーはないかなと思い目をやるとなんと五葉のクローバーが目に飛び込んできた。初めて見た。もっとないかと見ると四葉のクローバーがすぐ見つかった。ここにはたくさんあるのかなと思いさがしたが全くなかった。四葉のクローバーは縁起が良いとの事だが、五葉のクローバーは、どうだろうか?
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五つ葉のクローバー

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四つ葉のクローバー

 夜最終でShall we ダンス?の映画を見に行く。日本のShall we ダンス?も良かったが、リチャードギアのShall we ダンス?も良かった。ずいぶんと楽しませてもらった。

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日本テレビ「Dの嵐~ドキュメントの嵐~」で当店のふ菓子黒糖が放映される。

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4月27日 日本テレビ「Dの嵐~ドキュメントの嵐~」で当店のふ菓子黒糖が放映される。
出演者:ジャニーズ事務所 嵐(大野智、櫻井翔、相葉雅紀、松本潤、二宮和也)
ゲスト:はなわ
「カットする前のモノを見てみよう」というコーナーでゲストのお笑いタレント佐賀県出身「はなわ」さんと倉本聰監督、ドラマ「優しい時間」で好演していた勇吉(寺尾聰)の息子拓郎の二宮和也君が90cmの黒糖のふ菓子を振りかざしていた。(私は、放映ビデオを送ってきていただいたので見る事ができました。)
いっせい放映ではなく順番に各地で放映されるみたいです。高知での放映は、高知放送で、日曜日午前10時55分からで、そのうち放映されるでしょう。まだ未定です。

東京から担当ディレクターさんがふ菓子の製造作業をはるばる撮影しに来ていた。番組を制作するには手間ひまかけてきっちり作るのだなと思った。本当にご苦労様です。ありがとうございました。

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いたち

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高知県南国市領石近くでいたちがへびをくわえて道路脇をひたすら運んでいる姿を見た。久しぶりにいたちを見た。
 10年以上前に自宅近くにいたちが住んでいた。夜、生麸の製造をしていたらガラスのサッシの向こう側でゆっくり歩く胴の長いダックスフンドの犬を小さくしたような姿が見え、サッシの扉が少し開いていたのでばったり目が合ってしまい、しばし見詰め合ってしまった。そしてゆっくり歩いて立ち去って行った。2メートル位の距離だったが茶色の毛で小さい顔が印象的だった。それから見かけたのは後日、お隣の家の間を小走りに走り去るのを見たのが最後だった。
 

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喜多川歌麿の版木

 愛媛県喜多郡肱川町「風の博物館」で江戸時代の浮世絵師喜多川歌麿の版木2枚を見た。世界で4枚発見されていて鳥取市渡辺美術館に1枚、アメリカボストン美術館に1枚あるだけで貴重なものだ。版木は、表面が磨耗すると彫りなおし最後は、薪に使われていたようで残らないはずだ。
 浮世絵の版画の版木を見るのは初めてで本当に細かい彫りに驚いている。まさかと思うくらい細かく繊細な線が表現されていた。浮世絵の女性の髪の毛にルーペと定規があててあり、1ミリの定規の間になんと3本の髪の毛が刷られていた。すごい技術だ。
 細工生麸に使う木型を彫ってもらっているので、職業柄興味しんしんと見た。

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ハッブル望遠鏡

 1990年に打ち上げられたハッブル望遠鏡は美しい数々の天体写真を送ってきている。岩波新書から出版されているカラー版を3冊みたがハッブル望遠鏡の写す宇宙は実に美しく驚嘆させられる。宇宙では光の速度があまりにも遅すぎると書いていたのが印象的で一体宇宙はどのくらいの広さなのだろう。
 宇宙は広く何千億という数の銀河が存在し、それぞれが何千億という星で構成されている。宇宙に生物がいても不思議ではないと思った。

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高知城お堀の大きな鯉

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久しぶりに書いている。
高知城お堀の西端裁判所横、鏡川の水が流れ込んでいる所にいつも大きな鯉が岸近くに集まって来ている。
のぞいて見るとけっこう集まっていて井戸端会議をしていた。くじら麸をあげるとゆっくり近ずいて来てパクリと
食べていた。くじら麸は、6センチ~8センチ角の寸法があるが瞬く間に食べてしまう。
昨日は暦の上では「大寒」で一年の中で一番寒い日だが今朝もまっこと寒かった。寒さでじっとしていると思ったら
意外と元気に食べていた。鯉に麸をあげるやいなや何十羽の鳩がわっと目の前に飛んできて来て大騒ぎ。
水面の麸をうらめしそうに見ていた。

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野町和嘉写真展

 見ごたえのある写真展だった。高知新聞夕刊で時々「異次元の大地」というタイトルで掲載されていた。サハラ砂漠、ナイル川流域のエチオピア、チベット、メッカ巡礼、ヴァチカンのミサ等人々の暮らしと祈りを撮影したすばらしい写真展だった。説明文をじっくり読みながら観ているとあっという間に2時間経っていた。野町和嘉さんは、高知県生まれ58歳。
 サハラ砂漠の遊牧民の写真を見ていると、いつの日か瀬戸内海の島にある平山郁夫画伯の美術館で観たシルクロードのキャラバン隊のらくだの絵を思い出した。時間はゆっくりゆっくり流れゆっくりゆっくり歩いていく。作品を見ていてそう感じました。
 ほんまに異次元の世界であり大地でした。
 

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石鎚山ー瓶ヶ森ー戦闘機

今月中旬の日曜日、朝目が覚めるとあまりにも天気が良いので急に四国山脈石鎚山系瓶ヶ森へ行きたくなって家内と出かけた。

 3時間程で石鎚山の土小屋に着いた。天気がすごく良いので石鎚山頂は、くっきりときれいに見えた。ブナ林を見ながら2~30分で瓶ヶ森駐車場に着いた。ここから山頂めざして熊笹が生い茂る山道をテクテク登って行った。遠くに石鎚山が見え瀬戸内海も街もきれいに見えすばらしい眺めだった。突然ゴーーーーーーーッとすごい音というか爆音が聞こえてきてどこに飛行機が飛んでいるのかなと真上を見てみるが真っ青な空しか見えず、なぜ見えないのか不思議に思っていたら、又、旋回してきてゴーーーーーーーッとものすごい音が聞こえ上空ではなく眼下の谷間に45度位に傾いた戦闘機が猛スピードで飛んでいた。訓練飛行であろうが、ふっと母から昔聞いた話が脳裏をよぎった。もう60年以上前の第二次大戦のさ中、田んぼ道を歩いていたら戦闘機が母めがけて飛んできて言葉で表現できないほど驚いたそうだが近くまで来て機体を変え飛んで行ったそうな。母が撃たれていたら自分はこの世にもちろん存在していなかったし、すぐ近くに大きく見える戦闘機を見て恐ろしさを感じた。

山頂からの眺めは、すばらしかった。帰りは、吉野川源流が途中にある寒風山経由で、紙の町伊野を通って帰ってきた。

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四国山脈 瓶ヶ森より石鎚山を望む

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世界まる見え!テレビ しょうがふ菓子

なにげなく世界まる見え!テレビ特捜部という番組を見ていた。
激辛美味のコーナーで激辛の香辛料をたっぷり使ったアジア各国のスパイシー料理の数々が紹介されていた。
そのあとテーブルに5個ボールのような器が並べていてその中に多分激辛の食べ物があるのではないかと思い出演者全員でじゃんけんをして負けた5人が順番に覚悟して器の中の食べ物を食べることになった。
最初のボールを開けると「高知特産しょうが味のふ菓子」という楠田枝里子さんの紹介で所ジョウジさんがへーっという感じで食べていた。
エーーッそのふ菓子当店のじゃないか。一瞬東京の高知県のアンテナショップで買い求めてきたのかなと思ったりしました。
いやー突然のことでびっくりしました。
あとの4品も激辛ではなくおいしそうに食べていた。
それにしても高知特産のしょうがふ菓子と紹介していただきましてありがとうございました。

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恩師に「鯛」と「いせき」いただく

5月8日
思いがけず高校3年の時の担任であり恩師の寺内五男先生が「鯛」と「いさき」を釣って来たと家に寄って置いていった。配達から帰り魚を見てものすごく嬉しかった。先生は、77歳で高校3年の時英語の添削をしてもらい随分迷惑をかけた記憶がよみがえってきた。夜さっそくご馳走になりました。感謝の気持ちいっぱいで食べました。本当においしかった。先生ありがとうございます。卒業して37年経ちました。

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アヒルは麸(ふ)をよく食べる。

高知県東部にある安芸市へ行く。
商店街の東に川がありそこに大きな鯉がたく
さんいて橋から川面をのどくとエサをくれると
思って口をパクパク開けて寄って来る。

いつものようにたまご麸を橋の上から落とした
とたん、橋下にいたアヒル5羽が突然現れ
すばやく食べてしまった。それもどっさりいる
鯉君の頭の上を踏みつけてすばやく食べる
ものだから思わず苦笑いしてしまった。
と同時にアヒルは麸(ふ)をよく食べることを
初めて知った。

鯉君たち次回来た時、アヒル君たちがいない
時にどっさり麸をあげるから楽しみに。

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店主土佐のおすすめ店

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佐岡寮さんです。

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吟座於傳さんです。

www.futomi.co.jpのホームページの書き換えを久しぶりにした。店主土佐のおすすめ店に「佐岡寮」さんと吟座於傳(ぎんざおでん)さんを追加した。「とうふ家」さんは、2月19日高知新聞夕刊「あしすと」に豆乳の大きなタイトルで出ていた。
 以前ラジオで聞いたのですが、大豆は、イソフラボンが多く含まれており、50代になると女性ホルモンのかわりをしてくれるうえに、さらに骨粗相症を防いでくれるそうで身体にとてもいい食品なのですね。

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ふ菓子に使用している黒糖の栄養成分・効用

ふ菓子黒糖が好まれている。大阪阪急百貨店梅田本店さんで定番商品になって2年が過ぎようとしている。高知県のアンテナショップである、東京吉祥寺「高知屋」さん、自由が丘「高知屋」さん、築地「コウチ・マーケット」さん、神奈川たま・プラーザ「龍馬屋」さんにも置いています。又、昨年秋から東京伊勢丹立川店さんでも定番商品としてレジーそばに置いていただけることになりましたのでお買い求め下さい。

本などで読んだ寄せ集めの黒糖の栄養成分や効用を書いてみます。

黒糖は、上白糖と比較して鉄分、カルシウム、カリウムなどのミネラル類が豊富なアルカリ性食品です。ビタミンB1、B2,ナイアシン、パントテン酸などのビタミンB群も多く含まれています。このビタミンB群は、いずれも糖質や脂肪のエネルギー代謝の効率を促進する補酵素として次のような効果があります。

①疲労回復に効果がある。一時的なエネルギーの補給ばかりでなく疲労の元になる乳酸の体内蓄積を防ぐので疲労しにくい効果もあります。

③高級アルコール組成をもったオクタコサノールが含まれている。脂肪をエネルギーに変換するのを助ける働きがあるといわれているこのオクタコサノールは、中性脂肪の生成抑制、悪玉コレステロールなどの低下作用があるので、体の運動能力、耐久力向上に効果があるといわれています。

④天然のオリゴ糖ともいわれるラフィノースという成分が含まれている。胃や小腸では直接分解されず、カロリーになりにくいという特徴がある。糖でありながら体内に脂肪として蓄えられにくいという性質があるのでダイエット中でも摂取可能です。ラフィノースは、腸の働きを活性化するビフィズス菌を増やします。又、肌荒れ、シミ、ソバカスにも効果があると言われているので、この黒糖は、女性にとって大変ありがたい砂糖ですね。

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