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二度と経験することが出来ない旅

 オバマ第44代アメリカ合衆国大統領の就任式を,深夜3時過ぎまで生中継で見た。
全米各地から集まった200万人ともいわれている国民を前に演説していた。

 演説を聴きながら、38歳の時、アメリカ南部の都市ジョージア州アトランタにあるカーター事務所(センター)で当時カーター前大統領にお会いした時の事が脳裏に浮かんできた。

 日本青年会議所全国大会の高知開催が決まり、第39代アメリカ合衆国カーター大統領をお招きして記念講演をしていただこうということになり、7人でアメリカへ日程などのスケジユール打ち合わせのため行くことになっていたようだ。ところが7名の中の1人が別の用事ができて行けなくなったようで、定例会のあとの懇親会の席上、たまたま隣の席に座ってきた大会実行委員長から「アメリカへ行きませんか」と誘われた。
冗談でしょう。冗談も休み休み言って下さいよといった感じだった。当時、日曜、祭日、正月、お盆も関係なく生ものの製造の仕事があり、行けれる訳がなく、お得意先に迷惑をかけるので100%無理だと自分自身思っていた。
ダメを承知で恐る恐るお得意さんのところへアメリカへカクカクシカジカで行きたいので1週間休ませてもらえませんかと説明に回ったところ、意外にも皆さんがこんな機会はないからぜひ行って来たらとポンと背中を押してくれ、アメリカ行きが決まった。

 7人のメンバーは、現在テレビ東京で「ワシントンリポート」の番組のリポート役に出ている日高義樹さんの奥様にカーター事務所へ案内していただいた。
事務所では7人メンバーがそれぞれカーターさんに挨拶をし握手をした。
事務所に行く前日にアトランタの本屋さんで釣りが大好きなカーターさんの自著出版の釣りの本を購入し、その本の表紙の裏にサインをしてもらった。
to akira yokoyama   jimmy carterと。
Toakirayokoyama
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 カーター事務所の隣にカーターミュージアムがあり見学をした。在任期間中の活動記録、会話記録、資料が全て保管展示されていて、年間100万人が訪れるとのことで辞められてもアメリカ大統領への敬意の念が強いことを改めて感じた。

 アトランタから帰途、ニューヨーク、ワシントンに立ち寄った。ワシントンではリンカーン記念館やアーリントン国立墓地を訪れた。この墓地には、第35代ケネディ大統領が眠っており、永遠に絶えることのないガスの小さな炎がメラメラと燃えていて、墓のまわりには、有名な名演説が石に刻まれていた。


And so, my fellow Americans
ask not what your country can do for You
Ask what you can do for your country.

(わが同胞のアメリカ人よ、あなたの国家があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたがあなたの国家のために何ができるかを問おうではないか。)J・F・ケネディ 大統領 就任演説より

オバマ大統領の演説の最後の下りの中で「我々は新たな責任の時代に入ることで、国民の一人一人が自分自身、自分の国、そして世界に対して何をすべきか考え前向きに取り組むことだ」との演説がJ・F・ケネディ 大統領の演説と同じ認識で語っていると思った。


・・・・・・・・・・・・・たまたま隣の席に座ってきた大会実行委員長が、もし隣に座って来なかったらどうなっていただろうか。多分約200名近くいた会員の中の誰かがアメリカに行ったことだろう。行くのに条件の悪い自分に話が来るなんて・・・・・。結果的に今思えば、あの時何気なしに座った席はカーターさんに会いに行くことができる席であって、一つ隣の席だったら行けなかったかもしれない。紙一重のきわどい差で二度と経験することが出来ない旅の話が思いもかけずやってきたものだ。

 その後、カーターさんは、予定通り高知に奥様といっしょに来られ記念講演をされた。2002年ノーベル平和賞を受賞し、現在も活躍されている。

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読売新聞朝刊ふ菓子の記事

2009年1月3日(土)読売新聞高知地域版のページに「新土佐の味力」「高知・麩菓子 天然・地場産こだわり」のタイトルで載せていただきました。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kochi/feature/kochi1230723372210_02/news/20090102-OYT8T00356.htm
以下が読売新聞高知地域版のページに載せていただいた全文です。

新土佐の味力<2> 
天然・地場産こだわり

 店ののれんをくぐると、外の喧騒(けんそう)が消え、時間が止まったような静寂が訪れた。創業61年を迎えた高知市愛宕町の横山製麩所(せいふしょ)。棚には様々な商品が並ぶ。麩菓子は、黒糖、ショウガ、ユズ、青ノリ、イチゴ味があり、カラフルな黄色やピンクが目に飛び込んでくる。袋を開けると、飾り気のない香りが辺りを包んだ。生地はキメが細かく、口に入れると、溶けていく感じが心地よい。水は四万十川の源流水。使うイチゴ、ショウガ、ユズ、青ノリはすべて県内産だ。香りと風味を生かすため、香料は一切使用しない。「高知の素朴さにこだわりたいから」。横山明社長(59)が大切にしている思いだ。

 焼き麩の専門店として、先代が始めた製麩所を大学卒業後に継いだ。商品開発に力を入れ、生麩や麩饅頭(まんじゅう)、麩菓子など「正確にはわからないが、50種類以上はある」と胸を張る。

 しかし、県内での売れ行きは好調だったが、県外に販路を広げるのは難しかった。全国の物産展に赴いても、経費が売り上げを上回るほどだった。その時、物があふれる世の中で、「地元のものを使い、こだわりを持って作らないと売れない」との思いを強くした。

 まず見直したのが原材料。仕込み水を、水道水から、知人を頼りに見つけた四万十川源流点のある津野町の不入山(いらずやま)の水に替えた。ユズ、ショウガなど全国に誇れる県の特産品にも目を付けた。若者に人気があるイチゴ味の麩菓子に使っているイチゴは3年前、妻のフミ子さん(59)が教えてくれた。漢方農薬などで育てた香美市香北町のイチゴのおいしさに、すぐに決断。味だけでなく、色も2種類をミキサーにかけて絶妙な赤みを出している。

 素材をストレートに生かすのもこだわりの一つ。香料を使えば強い風味に簡単に仕上げられ、コストも抑えられるが、「何のために県外に出すのか。意味がない」と天然物しか使わない。高知の素朴さ、素材の良さを最大限に生かすためだ。熱加減や包装方法の研究を重ね、天然の風味にこだわり抜いた。

 その一方で、柔軟性も忘れない。イチゴは、収穫時期によって酸味が違うことに気付くと、2、3月の甘いイチゴを果汁にして冷凍し、5、6月の酸味の強いイチゴに混ぜることを考案中。試行錯誤を重ねている。

 販売方法も、柔軟に対応する。50歳を過ぎてからインターネットのホームページ作成に挑戦。講習会に足を運び、栄養分析や、客のコメントを載せるなど内容を充実させ、販路拡大の足がかりをつかんだ。今では、関東からの注文が最も多いという。

 豊富な食資源があるが、生かし切れていないのが県の現状と分析し、「県外に出荷して、“外貨”を稼がないと生き残れない」と説く。「地元産にこだわることで、農家、加工者ら、県内でお金が回る。長期的に持続できる仕組みを作り、県外に売り込みたい」。県内で唯一の麩専門店が、地元産品で仕上げた麩菓子を通して、活気あふれる高知の実現に夢を膨らませている。(島田喜行)

横山製麩所

(電)088・872・3670

(2009年1月3日 読売新聞)

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