風樹の嘆
何ヶ月か前、東京の社員寮で高校一年生による両親殺害事件があった。日々に社員寮の手伝いをさせられる事への不満をつのらせ父親と衝突を繰り返していたようだ。親の立場、子供の立場で見解が大きく違ってくる。親の真意は子供になかなか伝わらないし子供の気持ちを十分くみ取ることが出来ぬまま悲惨な結果となってしまったのだろう。親の立場になった時、子供の時に理解出来なかったことが少しづつ理解出来るようになってくる。その落差を双方が埋める事が出来ぬまま事件は起きた。
高知新聞朝刊の一面目下段の「小社会」(朝日新聞でいえば天声人語にあたる)に次のような記事があった。
ある年齢に達したお年寄りを山奥に捨てるという姥捨山(うばすてやま)伝説。それにまつわる、こんな話がある。▼息子に背負われたおばあさんは、道すがら手を伸ばしては小枝を取り、山道に落とした。それを見た息子は、いずれ山奥から家に帰ろうとして道しるべを作っているに違いない、と思った。「帰ろうとしても駄目だよ」そう言う息子におばあさんは答えた。「いや、帰りやせんよ。ただ、お前が帰るとき道に迷わんようにと思ってな」
▼実際にあったかどうかは分からないが、親の情は伝わってくる。大抵の親はわが身は削ってでもできるだけのことは子どものためにしようと思っている。時に言葉や態度ではうまく表現できないこともあるが・・・・・・・
▼一ヶ月前に東京の社員寮で起きた両親殺害事件。取り調べに対し高校一年の少年は、当初、多忙な両親との生活に不満があったと述べていた。残忍な犯行に至るまでの心の軌跡にはまだ謎の部分が残るが、親の愛情を十分には感じられなかったようだ。
▼ところが・・・・・・。その後の調べで自宅から預金通帳が見つかった。名義は少年。母親が内証で作っていた。額は約二十万円。決して楽ではない暮らし向きの中から、何かの足しになればとこつこつ貯めていたのだろうか。捜査員から通帳を見せられた少年は、涙を流したという
▼「風樹の嘆」親孝行をしようと思えるようになった時、既に親は亡くなっていることが多いという。まして今回の死は通常の形でない。その嘆きは余人の想像を超える。
と新聞記事に書いてあった。
「風樹の嘆」
辞書で調べて見ると「ふうじゅのたん」と読み、じっとしていたいと思っても、風の方が吹くのをやめてくれないから、いつまでも静かになることができないという木の嘆きの意味から、親孝行をしようと思っても、その時まで親は生きていてくれないというままならないことへの嘆きを表わすことば。
樹静かならんと欲すれど風やまず、子養はんと欲すれど親待たず
と辞書にあった。
かつて王監督がホームランの大記録をうちたてた直後のインタビューで「丈夫な体でこれまでやってきて、大記録が達成できた。丈夫な体に生んでくれた親に感謝している。」という旨の事を言っているのを思い出した。
歳を重ねるごとに若い時に理解出来なかったことが少しずつわかってくる。
「風樹の嘆」にならぬように、親に感謝し大事にしたい。青少年育成活動にも微力ながら尽くしたい。
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コメント
父は86歳、母は80歳。今でも2人とも元気で一緒に仕事をしています。息子も4月から戻り増したので、親子3代で家業をしています。
必ずしも望んだ結果がそうなったのではありませんが、健康で前向きな心を失わない両親に感謝です。家内の両親は早々と他界しただけにその分も長生きをしていただきたいものですね。
投稿: けんちゃん | 2005.11.23 午前 08時45分